日本の風土

 風土というものを考えるとき、まず我々の頭に浮かぶのは気候であろう。気候cIimateは、そのギリシア語源klimaが「傾く」を意味するように、植生を変え、大地にさえ徐々に変化を与え、人間の生活舞台を準備して具体的な形、すなわち風土へと向かわせる(傾きを与える)大きな力である。
 かつて『風土』で哲学者和辻哲郎が区分した、砂漠と牧場にならぶもう一つの類型の、モンスーン・アジア地域に、日本列島の大部分は属している。夏期にはほとんど熱帯と変わらないほどの高温が続き、日射量も多い。そのうえモンスーン性の降雨にも恵まれるという自然条件が生み出したものは、熱帯原産の稲を主要な農作物とし、耕地の半ばを水田として民族の生活を維持してきた、稲作文化の展開であった。
 しかし、気候上モンスーンといいながら、わが国の稲作が東南アジアの大部分のそれとはずいぶんかけ離れた姿をとっているのはなぜなのか。気候のうえで乾季と雨季の生じ方に顕著な差がみられるとともに、大陸とちがって規模の大きな河川や地形の広がりがないといった風土の基礎をなす自然の差はあろう。とはいえ、それは可能性にとどまる。風土を現実の姿にしていくのは自然に立ち向かう人間であり、言いかえれば人間の労働の蓄積が風土をつくりあげるのである。

 風土は、単なる自然ではなく、歴史的に形成された社会的な内容をも含んでいる。気候や地形といった自然自体は風土そのものではない。また、自然が直接、風土を決定するものでもない。自然に立ち向かう人間、そして人間生活および社会が自然を一つの風土へとつくりあげていく。人間が継続的に自然への働きかけを行い、自然が特殊な形となると同時に、この特殊化した自然を自分たちの営みに取り込んで形成される人間集団の性格や社会のつながり、文化など生活のすべてを総称して、「風土」とよぶのである。
 モンスーン地域では、降雨と流水の制御の観点を抜きにしては語れない。生存に必要な食糧生産に生育期間における豊かな降雨の恵みは特に重要である。
 季節によるモンスーンの交代は生産や生活にとっての時間的な枠組をつくり、物質面だけでなく、精神面にも深い影響を与えている。大陸モンスーン地域とわが国の共通点はそうしたところにある。
 しかし、わが国には大陸級の大河川がなく、入り組んだ複雑な地形を流れる中小規漠の河川と沖積平野しか存在しない。これは人間の手によって制御しやすいばかりでなく、巨大な洪水によって農村が一挙に壊滅するという事態からも逃れていることを意味している。
 大陸とのちがいはこの点に生じ、土地を人間の手で改良し、馴化し、それが順調に蓄積されていったのである。すでに食糧生産のスタートから整った水田が小規模なかんがい施設とともにつくられてきたのは、大陸河川の巨大な三角州ではみられない特徴である。この自然的条件のうえに集約的な農業が営まれ、高い生産力をあげ、樹枝状に分岐する水利システムを代表とした共同的なつながりを核とする社会組織がつくりあげられ、現在に至っているのである。
 一方、西欧と比較すれば、労働用具すなわち畜力農具類の貧弱さがわが国の伝統的な農業の特色の一つといわれてきた。農具の発達は確かに技術や文明をみる一つのバロメータではあるが、わが国では農具よりも土地の改良に努力が集中され、そこに実現した精密なかんがい・排水技術の発展によって農具の改良が置きかえられたといえよう。
 こうして、絶えまなく水を制御し、利用し、かんがいと排水が有効に作用しあい、持続的に生産力を高めていくことができた。言いかえれば、大地への労働が蓄積され得たこと、そのくり返しこそが風土となったのである。営々と築きあげた精巧な装置としての水田群こそが、労働蓄積の象徴であり、それを通じて形成された水田稲作社会が、わが国の風土の歴史的・社会的あるいはまた精神的内容の大きな部分である。