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part.1 国土と人々 part.2 国土づくりの歴史 part.3 技術の歩み
石造りのアーチ橋,通潤橋



補修中の通潤橋。3列の通水管が見える。
 通潤橋は、熊本県上益城郡矢部町長原にある。これは、嘉永5(1852)年から安政元(1854)年にかけて、矢部郷の惣庄屋・布田保之助の独創的な企画・設計と、石工・橋本勘五郎のすぐれた技術、それに地元農民の真剣な願いと肥後藩の援助によって完成した通水橋である。
 橋の長さ75.6m、幅6.3m、高さ20.2m、アーチ直径28.2mで単アーチ式のめがね橋では日本一の大きさである。その中に逆サイホンの3条の通水管(通水量15,000m3/日)が埋設され、橋面は人馬の通行を兼ねた独特な設計である。これは、当時の土木技術の粋を集めたものであり、現代土木工学の理論に適合しないものはないといわれている。



 川底から29mの高さのところに、水路を渡すため、アーチ橋と吹上樋(サイフォン)の併用を考案し、アーチ径と吹上高の最適設計を行うため各種の模擬実験を繰り返した。最終的には、落ち込み7.6m、吹上げ5.9mとした。



通水管(石樋)

 通水管は、強大な水圧に耐えられるよう、良質の石材を柾目に採り、中央に30p角の通水孔を掘ってブロックにしたものを連結した。その結合部からの漏水を防ぐため、石の面に溝を切り、そこに土・砂・貝灰・塩・松葉汁などを混ぜた特殊な漆喰を入れて固めている。
 さらに通水管1本に4か所ずつ松丸太をくり抜いた木管をはめ込み、地震などに対する緩衝材としている。3条の通水管は、一つずつ通水量の調整ができ、橋の中央では、放水口により管内にたまった土砂などをはき出せるようにしている。サイフォン落ち込みと吹上げ部の勾配やカーブは、橋に直接水圧がかからないよう、模型などで詳細な検討を繰り返して設計したものである。



支保工設計図 アーチ橋築造に際して用いた木の枠組み(支保工)
 アーチ橋の築造にあたっては、まず支保工を組み、この上に両側から切石を並べて、アーチ橋で最も重要な輪石をつくる。この輪石は厚さが90pもあり、その間隙に鎖石と称する凸凹の石を組み合せ側面石垣を強固にしている。また、橋を強固にするために、熊本城の石垣を見ならったという鞘石垣を設けて、輪石の基礎部を包み補強している。
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