水土の礎,サイトマップ
                           
                           
                           
                   
                           
                           
                                                                  
                           
                           
                           
                           
                           
                           
                           
                           
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                           
                           
                           
                           
                           
                平成24年12月21日更新                              
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
      -7000 (縄文時代)                                    
      -400 (縄文時代)                                    
      前1世紀 (弥生時代) ・近畿まで稲作が北進する                                  
      3世紀 (弥生時代) ・稲作の北進 本州北端(青森)まで                                  
      239 (3世紀) ・邪馬台国卑弥呼[親魏倭王]の称号受ける                                  
      300 (4世紀頃)                                    
      500 (6世紀当初)                                    
      645 (大化元年) ・大化の改新                                  
      646 (大化2年) ・班田収授の法を制定 ・大化の改新により、常陸国が設置される                                
  ・公地公民制を宣言                          
  ・租・庸・調を定める                          
        694 (持統8年) ・藤原京に遷都                                  
        701 (大宝元年) ・大宝律令                                  
        702 (大宝2年)                                    
      710 (和銅3年) ・平城京に遷都                                  
      713 (和銅6年)   ・この頃、『常陸風土記』が成立する                                
      722 (養老6年) ・墾田100万町歩の開墾を計画する                                  
      723 (養老7年) ・墾田の開発をすすめ、用益の年限をきめる(三世一身法)                                  
        741 (天平13年)                                    
        743 (天平15年) ・墾田を私財とする事を許す(墾田永世私有令)                                  
        746 (天平18年)                                    
        757 (天平宝字元年)                                    
        765 (天平神護元年) ・寺院以外の墾田開発を禁止                                  
        768 (神護景雲2年)   ・下総国結城郡と常陸国新治郡にかかる毛野川改修が命ぜられる                                
        784 (延暦3年) ・長岡京に遷都                                  
      794 (延暦13年) ・平安京に遷都                                  
      821 (弘仁12年) ・空海、満濃池を作る                                  
      902 (延喜2年) ・延喜の荘園整理令                                  
      927 (延長5年) ・『延喜式』完成                                  
        935 (承平5年)   ・平将門、伯父平国香・源護とたたかい、国香らを殺害                                
        939 (天慶2年)   ・平将門、常陸・下野・上野国府を襲撃し、即位して新皇と称す                                
        940 (天慶3年)   ・藤原秀郷、下総国猿島郡で平将門を討つ                                
           平安時代 ・平安中期の耕地面積862,767町   ・常陸国:耕地40,092町                              
        1017 (寛仁元年) ・藤原道長が太政大臣となる                                  
        1045 (寛徳2年) ・寛徳の荘園整理令                                  
        1062 (康平5年) ・前九年の役平定(安部氏亡ぶ)                                  
        1069 (延久元年) ・延久の荘園整理令                                  
        1086 (応徳3年) ・白河上皇、院政を始める                                  
        1087 (寛治元年) ・後三年の役平定                                  
        1156 (保元元年) ・保元の乱                                  
        1159 (平治元年) ・平治の乱                                  
        1167 (仁安2年) ・平清盛、太政大臣となる                                  
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
      1183 (寿永2年)                                    
      1185 (文治元年) ・守護、地頭を設置                                  
      1192 (建久3年) ・源頼朝、征夷大将軍となる                                  
      1221 (承久3年) ・承久の乱                                  
        1232 (貞永元年) ・北条泰時、関東御成敗式目(貞永式目)制定                                  
        1274 (文永11年) ・文永の役[蒙古襲来]                                  
        1281 (弘安4年) ・弘安の役[蒙古襲来]                                  
        1297 (永仁5年) ・永仁の徳政令発布                                  
        1333 (元弘3年) ・鎌倉幕府滅亡 ・鹿島・塙・徳宿・宍戸氏ら、鎌倉に攻め入る、鎌倉幕府滅亡する                                
      1334 (建武元年) ・建武の中興                                  
      1336 (建武3年) ・後醍醐天皇、吉野に移る(南北朝分裂)                                  
      1338 (延元3年) ・足利尊氏、征夷大将軍となる                                  
      1368 (応安元年) ・足利義満、征夷大将軍となる                                  
        1392 (明徳3年) ・南北朝の合一                                  
        1428 (正長元年) ・正長の土一揆                                  
        1467 (応仁元年) ・応仁の乱起こる                                  
        1488 (長享2年) ・加賀一向一揆                                  
           室町時代 ・室町期の耕地面積854,791町   ・常陸国:耕地12,038町                              
        1501 (文亀元年)                                    
        1506 (永正3年)                                    
        1543 (天文12年) ・種子島に鉄砲伝来                                  
        1573 (天正元年) ・室町幕府滅びる                                  
      1581 (天正9年)                                    
      1582 (天正10年) ・本能寺の変                                  
・太閤検地始まる(〜'98)                          
      1585 (天正13年) ・豊臣秀吉、関白となる                                  
      1588 (天正16年) ・刀狩、封建的身分制、兵農分離                                  
      1590 (天正18年)     ・新島開墾(稲敷郡)*5                              
      1594 (文禄3年)   ・佐竹議宣、豊臣秀吉より54万5800石の領地をあてがわれる                                
        1600 (慶長5年) ・関ヶ原の戦い                                  
        1601 (慶長6年)                                    
        1602 (慶長7年)   ・佐竹議宣、出羽国秋田へ国替えを命じられる                                
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
      1603 (慶長8年) ・徳川家康、征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開く ・徳川家康の第十子徳川頼宣、水戸藩主となる                                
      1604 (慶長9年)     ・黒子用水堰(真壁郡、200町)*5                              
      1605 (慶長10年)                                    
      1606 (慶長11年)                                    
        1607 (慶長12年)                                    
        1608 (慶長13年)                                    
        1609 (慶長14年)                                    
        1610 (慶長15年)                                    
        1611 (慶長16年)                                    
        1612 (慶長17年)                                    
        1613 (慶長18年)                                    
        1614 (慶長19年) ・大阪冬の陣                                  
        1615 (元和元年) ・大阪夏の陣                                  
  ・武家諸法度、禁中並公家諸法度を定める                          
        1616 (元和2年)                                    
        1617 (元和3年)                                    
        1618 (元和4年)                                    
        1619 (元和5年)                                    
        1620 (元和6年)                                    
        1621 (元和7年)                                    
        1622 (元和8年)                                    
        1623 (元和9年)                                    
        1624 (寛永元年)     ・寛永年間:青木堰(真壁郡、50町)*5                              
        1625 (寛永2年)     ・小貝川に福岡堰創設*6                              
        1626 (寛永3年)                                    
        1627 (寛永4年)                                    
        1628 (寛永5年)                                    
        1629 (寛永6年)                                    
        1630 (寛永7年)     ・小貝川に岡堰用水を開設*6                              
        1631 (寛永8年)                                    
        1632 (寛永9年)                                    
        1633 (寛永10年)                                    
        1634 (寛永11年)                                    
        1635 (寛永12年)     ・中居指用水(6,913石)、本宗道用水(10,060石)、原用水(5,143石)、三坂用水(3,444石)の計4ヶ用水開削(結城郡、25,560石)*5                              
        1636 (寛永13年)                                    
        1637 (寛永14年)                                    
        1638 (寛永15年)                                    
        1639 (寛永16年) ・鎖国令                                  
        1640 (寛永17年)                                    
        1641 (寛永18年)   ・水戸藩、領内総検地を実施する                                
        1642 (寛永19年)                                    
        1643 (寛永20年) ・田畑永代売買禁止令                                  
        1644 (正保元年)                                    
        1645 (正保2年)                                    
        1646 (正保3年)                                    
        1647 (正保4年)                                    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
      1648 (慶安元年)                                    
      1649 (慶安2年) ・地方五役5人組制度                                  
      1650 (慶安3年)                                    
         江戸時代前期     ・水戸藩24万石、笠間藩5万石、土浦藩3万石、麻生藩3万石、谷田部藩2万石、保内藩2万石、額田藩2万石                              
        1651 (慶安4年)                                    
        1652 (承応元年)                                    
        1653 (承応2年) ・幕府、玉川上水開削を許し、費用を与える ・この年、仙台藩、潮来に仙台蔵を設ける                                
        1654 (承応3年)                                    
        1655 (明暦元年)                                    
        1656 (明暦2年)                                    
        1657 (明暦3年)   ・水戸光圀、『大日本史』の編纂に着手する ・福岡堰(筑波郡)*5                              
        1658 (万冶元年)                                    
        1659 (万冶2年)                                    
        1660 (万冶3年)                                    
        1661 (寛文元年)                                    
        1662 (寛文2年)                                    
        1663 (寛文3年)                                    
        1664 (寛文4年)                                    
        1665 (寛文5年)                                    
        1666 (寛文6年) ・山川掟の発令                                  
        1667 (寛文7年)     ・小貝川に豊田堰用水を開設*6                              
        1668 (寛文8年)                                    
        1669 (寛文9年)                                    
        1670 (寛文10年)                                    
        1671 (寛文11年)                                    
        1672 (寛文12年)                                    
        1673 (延宝元年)                                    
        1674 (延宝2年) ・分地制限法                                  
        1675 (延宝3年)                                    
        1676 (延宝4年)                                    
        1677 (延宝5年)                                    
        1678 (延宝6年)   ・水戸光圀、『大日本史』編纂のため、全国的な資料調査を開始する                                
        1679 (延宝7年)                                    
        1680 (延宝8年)                                    
        1681 (天和元年)                                    
        1682 (天和2年)                                    
        1683 (天和3年)                                    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
      1684 (貞享元年) ・河村瑞賢、淀川下流の治水事業に着手(〜'85)                                  
      1685 (貞享2年)                                    
      1686 (貞享3年)                                    
      1687 (貞享4年) ・田畑永代売買禁止を再令する                                  
        1688 (元禄元年)     ・元禄年間:上野原池(西茨城郡)*5                              
        1689 (元禄2年)                                    
        1690 (元禄3年)                                    
        1691 (元禄4年)                                    
        1692 (元禄5年)                                    
        1693 (元禄6年)                                    
        1694 (元禄7年)                                    
        1695 (元禄8年)                                    
        1696 (元禄9年) ・宮崎安貞「農業全書」刊                                  
        1697 (元禄10年)                                    
        1698 (元禄11元年)                                    
        1699 (元禄12年)                                    
        1700 (元禄13年)                                    
        1701 (元禄14年)   ・水戸藩、表高35万石を許される                                
        1702 (元禄15年)                                    
        1703 (元禄16年)                                    
        1704 (宝永元年) ・大和川の付替工事開始                                  
        1705 (宝永2年) ・大和川旧河道新田開発                                  
        1706 (宝永3年)                                    
        1707 (宝永4年) ・富士山噴火、宝永山できる ・松波勘十郎、紅葉運河と大貫運河の開削に着手する(松波勘十郎翌年罷免させる) ・勘十郎堀の開削(〜’09)*6                              
        1708 (宝永5年) ・貝原益軒『大和本草』                                  
        1709 (宝永6年) ・新井白石を登用する                                  
        1710 (宝永7年)                                    
        1711 (正徳元年)                                    
        1712 (正徳2年)                                    
        1713 (正徳3年)                                    
        1714 (正徳4年)                                    
        1715 (正徳5年)                                    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
      1716 (享保元年) ・徳川吉宗、第8代将軍となる                                  
      1717 (享保2年)                                    
      1718 (享保3年)                                    
      1719 (享保4年)                                    
        1720 (享保5年)                                    
        1721 (享保6年) ・目安箱の設置                                  
        1722 (享保7年) ・新田開発の奨励                                  
        1723 (享保8年)                                    
        1724 (享保9年)   ・幕府、飯沼新田の開発を許可する                                
        1725 (享保10年)                                    
        1726 (享保11年) ・新田検地条目の制定                                  
        1727 (享保12年)     ・飯沼干拓(結城郡、1,896町)*5                              
        1728 (享保13年)                                    
        1729 (享保14年)                                    
        1730 (享保15年)                                    
        1731 (享保16年)                                    
        1732 (享保17年) ・山陽・南海・西海・畿内蝗害のため大飢饉                                  
        1733 (享保18年)                                    
        1734 (享保19年)                                    
        1735 (享保20年) ・幕府、米価下落を防ぐため最低価格を決める                                  
        1736 (元文元年)                                    
        1737 (元文2年)                                    
        1738 (元文3年)                                    
        1739 (元文4年)                                    
        1740 (元文5年)                                    
        1741 (寛保元年)                                    
        1742 (寛保2年)                                    
        1743 (寛保3年)                                    
        1744 (延享元年)                                    
        1745 (延享2年)                                    
        1746 (延享3年)                                    
        1747 (延享4年)                                    
        1748 (寛延元年)                                    
        1749 (寛延2年) ・定免制を全面的に施行                                  
        1750 (寛延3年)                                    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
         江戸時代中頃 ・江戸中期の耕地面積:田1,695,923町、畑1,417,074町、計3,013,546町   ・常陸国:田49,172町、畑66,455町、計115,627町                              
      1751 (宝暦元年)                                    
      1752 (宝暦2年)                                    
      1753 (宝暦3年)                                    
        1754 (宝暦4年)                                    
        1755 (宝暦5年) ・木曽川の治水工事完成                                  
        1756 (宝暦6年)                                    
        1757 (宝暦7年)                                    
        1758 (宝暦8年)                                    
        1759 (宝暦9年)                                    
        1760 (宝暦10年)                                    
        1761 (宝暦11年)                                    
        1762 (宝暦12年)                                    
        1763 (宝暦13年)                                    
        1764 (明和元年)                                    
        1765 (明和2年)                                    
        1766 (明和3年)                                    
        1767 (明和4年)                                    
        1768 (明和5年)                                    
        1769 (明和6年)                                    
        1770 (明和7年)                                    
        1771 (明和8年)                                    
        1772 (安永元年) ・田沼意次、老中となる                                  
        1773 (安永2年)                                    
        1774 (安永3年)                                    
        1775 (安永4年)                                    
        1776 (安永5年)                                    
        1777 (安永6年)                                    
        1778 (安永7年)                                    
        1779 (安永8年)                                    
        1780 (安永9年)                                    
        1781 (天明元年)                                    
        1782 (天明2年) ・下総印旛沼干拓に着手                                  
  ・瀬戸内・九州など大凶荒                          
        1783 (天明3年) ・浅間山大噴火 ・浅間山噴火のため常陸地方に降灰をみる                                
  ・冷害のため諸国大飢饉                          
        1784 (天明4年) ・この春夏諸国飢饉、農民流亡のため農村荒廃                                  
        1785 (天明5年) ・奥羽飢餓                                  
        1786 (天明6年) ・下総手賀沼開発に着手するも、間もなく中止 ・関東・奥羽地方大洪水                                
  ・老中田沼意次失脚 ・水戸地方にも洪水おこり、'87年にかけて大飢饉                          
  ・諸国大凶作                            
        1787 (天明7年) ・松平定信、老中就任                                  
  ・寛政の改革が始まる                          
        1788 (天明8年)                                    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
      1789 (寛政元年) ・囲米の制を定める                                  
      1790 (寛政2年)                                    
      1791 (寛政3年)                                    
      1792 (寛政4年)                                    
        1793 (寛政5年)                                    
        1794 (寛政6年)                                    
        1795 (寛政7年)                                    
        1796 (寛政8年)                                    
        1797 (寛政9年)                                    
        1798 (寛政10年)                                    
        1799 (寛政11年)                                    
        1800 (寛政12年) ・伊能忠敬、蝦夷地を測量する                                  
        1801 (享和元年)                                    
        1802 (享和2年)                                    
        1803 (享和3年)                                    
        1804 (文化元年)                                    
        1805 (文化2年)                                    
        1806 (文化3年)                                    
        1807 (文化4年)                                    
        1808 (文化5年)                                    
        1809 (文化6年)                                    
        1810 (文化7年)                                    
        1811 (文化8年)                                    
        1812 (文化9年)                                    
        1813 (文化10年)                                    
        1814 (文化11年)                                    
        1815 (文化12年)                                    
        1816 (文化13年)                                    
        1817 (文化14年) 『農具便利論』                                  
        1818 (文政元年)                                    
        1819 (文政2年)                                    
        1820 (文政3年)                                    
        1821 (文政4年) ・伊能忠敬、『大日本沿海実測地図』完成                                  
        1822 (文政5年)                                    
        1823 (文政6年)                                    
        1824 (文政7年)                                    
        1825 (文政8年)                                    
        1826 (文政9年)                                    
        1827 (文政10年)                                    
        1828 (文政11年)                                    
        1829 (文政12年)                                    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 茨城県の歴史 茨城県の水土整備の歴史                              
      1830 (天保元年)     ・天保年間:新江(多賀郡)、上原開墾(鹿島郡)*5                              
      1831 (天保2年) ・諸国石高を調査する                                  
      1832 (天保3年)                                    
      1833 (天保4年) ・この冬、風水害により奥羽・関東飢饉 ・この年、冷気、風水害により、関東・奥羽地方大飢饉                                
        1834 (天保5年) ・諸国飢饉                                  
        1835 (天保6年)                                    
        1836 (天保7年) ・諸国飢饉、奥羽地方最も甚だしく死者10万人に及ぶ   ・秋成新田(東茨城郡、60余町)*5                              
        1837 (天保8年) ・大塩平八郎の乱                                  
  ・この春、諸国飢餓、餓死多数                          
        1838 (天保9年)   ・二宮尊徳、下館藩の仕法に着手する                                
        1839 (天保10年) ・この年、奥羽飢饉、死者・流民多数                                  
        1840 (天保11年)                                    
        1841 (天保12年) ・天保改革はじまる                                  
        1842 (天保13年)   ・徳川斉昭、偕楽園を開園する                                
        1843 (天保14年) ・印旛沼開墾開始                                  
        1844 (弘化元年) ・印旛沼開墾中止                                  
        1845 (弘化2年)                                    
        1846 (弘化3年)                                    
        1847 (弘化4年) ・信州大地震(善光寺地震)                                  
        1848 (嘉永元年)                                    
        1849 (嘉永2年)                                    
        1850 (嘉永3年)                                    
        1851 (嘉永4年)                                    
        1852 (嘉永5年)                                    
        1853 (嘉永6年) ・ペリー浦賀来航                                  
        1854 (安政元年) ・日米和親条約                                  
        1855 (安政2年) ・江戸大地震(安政の大地震)                                  
        1856 (安政3年)                                    
        1857 (安政4年)                                    
        1858 (安政5年) ・日米修好通商条約