水土の礎 サイトマップ
 
                   
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
       
 
           
                     
                     
                平成24年12月21日更新    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   
  -7000 (縄文時代)          
      -400 (縄文時代)          
   





  前1世紀 (弥生時代) ・近畿まで稲作が北進する        
      3世紀 (弥生時代) ・稲作の北進 本州北端(青森)まで        
      239 (3世紀) ・邪馬台国卑弥呼[親魏倭王]の称号受ける        
      300 (4世紀頃)          
      500 (6世紀当初)          
      645 (大化元年) ・大化の改新        
      646 (大化2年) ・班田収授の法を制定
・公地公民制を宣言
・租・庸・調を定める
       
      694 (持統8年) ・藤原京に遷都        
      701 (大宝元年) ・大宝律令        
      702 (大宝2年)          
      708 (和銅1年)     ・和銅年間:瀬田の下井手(菊池郡)の事業という*5    
   


  710 (和銅3年) ・平城京に遷都        
      722 (養老6年) ・墾田100万町歩の開墾を計画する        
      723 (養老7年) ・墾田の開発をすすめ、用益の年限をきめる(三世一身法)        
      741 (天平13年)          
      743 (天平15年) ・墾田を私財とする事を許す(墾田永世私有令) ・この年より肥後・筑後両国、朝廷の元旦節会に腹赤魚献上      
      746 (天平18年)          
      757 (天平宝字元年)          
      765 (天平神護元年) ・寺院以外の墾田開発を禁止        
      784 (延暦3年) ・長岡京に遷都        
   


  794 (延暦13年) ・平安京に遷都        
      795 (延暦14年)   ・肥後国、上国から大国へ昇格      
      821 (弘仁12年) ・空海、満濃池を作る        
      902 (延喜2年) ・延喜の荘園整理令        
      925 (延長3年)     ・御宇田井手(鹿本郡、灌漑面積185町)灌漑するという*5    
      927 (延長5年) ・『延喜式』完成        
         平安時代 ・平安中期の耕地面積862,767町   ・肥後国:耕地23,500町    
      1017 (寛仁元年) ・藤原道長が太政大臣となる        
      1045 (寛徳2年) ・寛徳の荘園整理令        
      1055 (天喜3年)          
      1062 (康平5年) ・前九年の役平定(安部氏亡ぶ)        
      1069 (延久元年) ・延久の荘園整理令        
      1086 (応徳3年) ・白河上皇、院政を始める        
      1087 (寛治元年) ・後三年の役平定        
      1137 (保延3年)   ・平清盛、中務大輔兼肥後守となる      
      1156 (保元元年) ・保元の乱        
      1159 (平治元年) ・平治の乱        
      1167 (仁安2年) ・平清盛、太政大臣となる        
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1183 (寿永2年)   ・平家一門、壇ノ浦で滅亡      
      1185 (文治元年) ・守護、地頭を設置        
      1192 (建久3年) ・源頼朝、征夷大将軍となる        
      1221 (承久3年) ・承久の乱   ・銭塘(飽託郡)*5    
      1232 (貞永元年) ・北条泰時、関東御成敗式目(貞永式目)制定        
      1274 (文永11年) ・文永の役[蒙古襲来] ・文永の役の功により, 竹崎季長が海東郡の地頭職をあたえられる      
      1281 (弘安4年) ・弘安の役[蒙古襲来]        
      1297 (永仁5年) ・永仁の徳政令発布        
      1333 (元弘3年) ・鎌倉幕府滅亡        
   


  1334 (建武元年) ・建武の中興        
      1336 (建武3年) ・後醍醐天皇、吉野に移る(南北朝分裂)        
      1338 (延元3年) ・足利尊氏、征夷大将軍となる        
      1368 (応安元年) ・足利義満、征夷大将軍となる        
      1392 (明徳3年) ・南北朝の合一        
      1428 (正長元年) ・正長の土一揆        
      1467 (応仁元年) ・応仁の乱起こる        
      1488 (長享2年) ・加賀一向一揆        
         室町時代 ・室町期の耕地面積854,791町   ・肥後国:耕地13,783町    
      1506 (永正3年)          
      1543 (天文12年) ・種子島に鉄砲伝来        
      1573 (天正元年) ・室町幕府滅びる   ・天正・文禄・慶長年間:八字堰(遙拝堰)(八代郡、灌漑面積右岸:3000町、左岸1500町)*5
・天正・慶長の頃:大野牟田(玉名郡、292町)*5
   
   





  1578 (天正6年)   ・島津氏、耳川の戦いで大友氏を破る      
      1581 (天正9年)          
      1582 (天正10年) ・本能寺の変
・太閤検地始まる(〜'98)
  ・寺島井手(鹿本郡、灌漑面積284町)*5    
      1585 (天正13年) ・豊臣秀吉、関白となる        
      1587 (天正15年)   ・豊臣秀吉、南関・高瀬を経て隈本城にはいる、秀吉、佐々成政を肥後国主とする      
      1588 (天正16年) ・刀狩、封建的身分制、兵農分離 ・秀吉、肥後国を2分し、北半を加藤清正に、南半を小西行長にあたえる ・天正16年から慶長年間:馬場楠井手(鼻繰井手)(上益城郡、灌漑面積97町)*5    
      1589 (天正17年)     ・加藤清正が菊池川、白川、緑川の改修を始める    
      1590 (天正18年)          
      1596 (慶長1年)     ・慶長年間:立岡溜池(宇土郡、灌漑面積348町)、若宮堰(上益城郡、灌漑面積151町)、大井樋(六嘉堰)(灌漑面積294町)・小井樋(灌漑面積100町)(上益城郡)、新牟田(御先代開)(八代郡、84町)*5    
      1597 (慶長2年)     ・行末塘新地(玉名郡、104町)*5    
      1598 (慶長3年)          
      1599 (慶長4年)          
      1600 (慶長5年) ・関ヶ原の戦い ・行長、関ヶ原の戦いでやぶれ処刑される
・清正、肥後全領・豊後3郡54万石を拝領する
     
      1601 (慶長6年)          
      1602 (慶長7年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1603 (慶長8年) ・徳川家康、征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開く        
      1604 (慶長9年)          
      1605 (慶長10年)     ・小田牟田新地(横島新地)(玉名郡、939町)、築地井手(菊池郡、灌漑面積500町)*5
・大野牟田新地(玉名市、250ha)
   
      1606 (慶長11年)          
      1607 (慶長12年)   ・隈本新城落成、清正新城に移り、隈本を熊本と改称する ・池黒の池及び浦川井手(玉名郡、灌漑面積130町)、古塘新地(60町)・名切塘新地(60町)・塩尾塘新地(35町)(玉名郡)、麻生原堰(上益城郡、灌漑面積二百数十町)、原田堰(上益城郡、灌漑面積400町)*5
・白川筋牛の鼻繰堰と水路*2
・牟田井手、早川井手(上益郡、灌漑面積940ha)
   
      1608 (慶長13年)   ・この年、領内総検地を行う ・鵜の瀬堰(上益城郡、灌漑面積350余町)*5
・馬場楠井手(菊池郡、146ha)、新田村新地(下益郡、67ha)、外牟田開(八代郡、95ha)
   
      1609 (慶長14年)     ・球磨川筋遙拝堰と太田井手水路改築*2    
      1610 (慶長15年)          
      1611 (慶長16年)   ・清正死去(50歳) ・笠岩新地(宇土市、84ha)    
      1612 (慶長17年)          
      1613 (慶長18年)          
      1614 (慶長19年) ・大阪冬の陣        
      1615 (元和元年) ・大阪夏の陣
・武家諸法度、禁中並公家諸法度を定める
       
      1616 (元和2年)          
      1617 (元和3年)          
      1618 (元和4年)     ・大津町瀬田、瀬田下井手(菊池郡、灌漑面積390ha)    
      1619 (元和5年)   ・3.17 肥後大地震、麦島城崩壊する      
      1620 (元和6年)          
      1621 (元和7年)          
      1622 (元和8年)          
      1623 (元和9年)          
      1624 (寛永元年)     ・寛永年間:東の浦(宇土郡、30町)、行末塘外部新地(玉名郡、139町)、寄田新地・大野(下益城郡)*5
・寛永年間から延宝年間:元禄井手(上益城郡、灌漑面積218町)*5
   
      1625 (寛永2年)          
      1626 (寛永3年)     ・今村井手(菊池郡、灌漑面積92町)*5    
      1627 (寛永4年)     ・川辺井手(球磨郡)*5    
      1628 (寛永5年)          
      1629 (寛永6年)          
      1630 (寛永7年)          
      1631 (寛永8年)          
      1632 (寛永9年)          
      1633 (寛永10年)          
      1634 (寛永11年)          
      1635 (寛永12年)          
      1636 (寛永13年)     ・瀬田の上井手(菊池郡)*5    
      1637 (寛永14年)   ・肥前島原、肥後天草の農民ら蜂起(天草・島原の乱)      
      1638 (寛永15年)   ・原城おち天草・島原の乱終結      
      1639 (寛永16年) ・鎖国令        
      1640 (寛永17年)          
      1641 (寛永18年)          
      1642 (寛永19年)          
      1643 (寛永20年) ・田畑永代売買禁止令        
      1644 (正保元年)          
      1645 (正保2年)          
      1646 (正保3年)          
      1647 (正保4年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1648 (慶安元年)          
      1649 (慶安2年) ・地方五役5人組制度        
      1650 (慶安3年)          
         江戸時代前期     熊本藩54万石、宇土藩3万石、人吉藩2万石、富岡藩2万石    
      1651 (慶安4年)   ・郷帳を幕府に提出する、熊本藩の現高75万3,739石      
      1652 (承応元年)          
      1653 (承応2年) ・幕府、玉川上水開削を許し、費用を与える        
      1654 (承応3年)          
      1655 (明暦元年)     ・松井開(八代郡)*5
・海上江新地(八代市、13ha)
   
      1656 (明暦2年)     ・松崎新地(海士江新地)(八代郡、90町)、明暦古閑新地(八代郡)*5    
      1657 (明暦3年)          
      1658 (万冶元年)     ・立野井手(赤瀬堰)(菊池郡)*5    
      1659 (万冶2年)          
      1660 (万冶3年)          
      1661 (寛文元年)     ・寛文年間:笠岩古田(宇土郡、100町)、住吉新地(下益城郡、186町)*5    
      1662 (寛文2年)          
      1663 (寛文3年)          
      1664 (寛文4年)   ・人吉藩町人林正盛によって球磨川開削      
      1665 (寛文5年)          
      1666 (寛文6年) ・山川掟の発令        
      1667 (寛文7年)     ・久木野保木下井手・松木浜園井手(阿蘇郡)、鹿島開(八代郡、51町)、浜新地(芦北郡、40町)*5
・馬力潟塩浜(水俣市)
   
      1668 (寛文8年)     ・寛文古開(八代市、48ha)    
      1669 (寛文9年)          
      1670 (寛文10年)          
      1671 (寛文11年)          
      1672 (寛文12年)     ・住吉新地(下益城郡、186ha)    
      1673 (延宝元年)     ・高子原新地(八代郡、121町)*5    
      1674 (延宝2年) ・分地制限法        
      1675 (延宝3年)     ・畑井手(菊池郡、灌漑面積1ha)    
      1676 (延宝4年)          
      1677 (延宝5年)     ・本村新地(宇土郡、54ha)    
      1678 (延宝6年)          
      1679 (延宝7年)          
      1680 (延宝8年)          
      1681 (天和元年)          
      1682 (天和2年)     ・片山井手(阿蘇郡、灌漑面積118町)*5    
      1683 (天和3年)     ・津久禮井手(菊池郡、灌漑面積120町)*5    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1684 (貞享元年) ・河村瑞賢、淀川下流の治水事業に着手(〜'85)        
      1685 (貞享2年)          
      1686 (貞享3年)          
      1687 (貞享4年) ・田畑永代売買禁止を再令する        
      1688 (元禄元年)          
      1689 (元禄2年)     ・保木下井手(阿蘇郡、灌漑面積126町)*5
・早楠井手(灌漑面積30ha)
   
      1690 (元禄3年)          
      1691 (元禄4年)     ・下村新開(八代郡、11ha)、内潟船津新地(宇土郡、3ha)    
      1692 (元禄5年)     ・山ノ神御開(宇土郡、2ha)、下布井手(浜町)    
      1693 (元禄6年)          
      1694 (元禄7年)          
      1695 (元禄8年)          
      1696 (元禄9年) ・宮崎安貞「農業全書」刊        
      1697 (元禄10年)   ・この年、人吉藩士高橋政重、幸野溝の工事に着手する      
      1698 (元禄11元年)     ・前越新地(宇土郡、40町)、当浦新地(宇土郡)、幸野溝(球磨郡)*5
鏡村御開(八代郡、31ha)
   
      1699 (元禄12年)          
      1700 (元禄13年)     ・田浦新地(芦北郡、30町)*5
忠臣蔵新地(芦北郡、33ha)
   
      1701 (元禄14年)     ・原井手(菊池郡、灌漑面積280町)*5    
      1702 (元禄15年)          
      1703 (元禄16年)     ・西迫間井手(菊池郡、灌漑面積19町)*5
・前越御開(宇土郡、58ha)
   
      1704 (宝永元年) ・大和川の付替工事開始        
      1705 (宝永2年) ・大和川旧河道新田開発   ・古閑沖新地(八代郡、48町)*5    
      1706 (宝永3年)          
      1707 (宝永4年) ・富士山噴火、宝永山できる   ・宝永古開(八代市、4ha)、金桁御開(宇土郡、15ha)    
      1708 (宝永5年) ・貝原益軒『大和本草』        
      1709 (宝永6年) ・新井白石を登用する        
      1710 (宝永7年)          
      1711 (正徳元年)     ・迫井手(阿蘇郡、灌漑面積70町)*5    
      1712 (正徳2年)          
      1713 (正徳3年)          
      1714 (正徳4年)          
      1715 (正徳5年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1716 (享保元年) ・徳川吉宗、第8代将軍となる   ・享保年間:永井開(飽託郡)、九峰井手(菊池郡)、北岡開(八代郡、98町)*5    
      1717 (享保2年)          
      1718 (享保3年)          
      1719 (享保4年)          
      1720 (享保5年)          
      1721 (享保6年) ・目安箱の設置        
      1722 (享保7年) ・新田開発の奨励        
      1723 (享保8年)          
      1724 (享保9年)          
      1725 (享保10年)     ・玉岡井手(菊池郡)*5    
      1726 (享保11年) ・新田検地条目の制定        
      1727 (享保12年)          
      1728 (享保13年)          
      1729 (享保14年)          
      1730 (享保15年)     ・左開(飽託郡)*5
・奥古閑古開(飽託郡、8ha)、葮場開(飽託郡、18ha)
   
      1731 (享保16年)          
      1732 (享保17年) ・山陽・南海・西海・畿内蝗害のため大飢饉        
      1733 (享保18年)          
      1734 (享保19年)          
      1735 (享保20年) ・幕府、米価下落を防ぐため最低価格を決める        
      1736 (元文元年)     ・南新地(下益城郡)、北岡開(八代市、98ha)
・元文年間:有吉田開(飽託郡)*5
   
      1737 (元文2年)          
      1738 (元文3年)          
      1739 (元文4年)     ・新開(飽託郡)*5    
      1740 (元文5年)          
      1741 (寛保元年)          
      1742 (寛保2年)          
      1743 (寛保3年)     ・百太郎溝(球磨郡、灌漑面積1500町)*5
・琵琶首井手(灌漑面積190ha)
   
      1744 (延享元年)          
      1745 (延享2年)          
      1746 (延享3年)          
      1747 (延享4年)          
      1748 (寛延元年)          
      1749 (寛延2年) ・定免制を全面的に施行        
      1750 (寛延3年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


     江戸時代中頃 ・江戸中期の耕地面積:田1,695,923町、畑1,417,074町、計3,013,546町   ・肥後国:田36,698町、畑37,501町、計74,199町    
      1751 (宝暦元年)     ・宝暦年間:鏡村古新地(八代郡、31町)*5    
      1752 (宝暦2年)          
      1753 (宝暦3年)     ・宝暦古開(八代市)    
      1754 (宝暦4年)     ・川尻新地(下益城郡)    
      1755 (宝暦5年) ・木曽川の治水工事完成        
      1756 (宝暦6年)          
      1757 (宝暦7年)          
      1758 (宝暦8年)     ・部田見方開(玉名郡)*5    
      1759 (宝暦9年)          
      1760 (宝暦10年)          
      1761 (宝暦11年)          
      1762 (宝暦12年)     ・十町開(八代郡)*5    
      1763 (宝暦13年)          
      1764 (明和元年)     ・西浦新開地(宇土郡)、寺田用水(玉名郡、灌漑面積600町)*5
・揚新地(八代市、104ha)
   
      1765 (明和2年)          
      1766 (明和3年)     ・三軒家開(下益城郡、280ha)    
      1767 (明和4年)          
      1768 (明和5年)          
      1769 (明和6年)     ・手永開(飽託郡)、郡方開(玉名郡)、敷川内新地(八代郡、132町)*5    
      1770 (明和7年)          
      1771 (明和8年)          
      1772 (安永元年) ・田沼意次、老中となる   ・九淵新地(八代郡、54町)*5    
      1773 (安永2年)          
      1774 (安永3年)          
      1775 (安永4年)          
      1776 (安永5年)          
      1777 (安永6年)          
      1778 (安永7年)     ・安永古閑新地(八代郡)*5
・平生新地(芦北郡、59ha)
   
      1779 (安永8年)          
      1780 (安永9年)          
      1781 (天明元年)     ・天明年間:天明神川(飽託郡、灌漑面積1066町)、長右衛門掛・渡場掛(飽託郡)*5    
      1782 (天明2年) ・下総印旛沼干拓に着手
・瀬戸内・九州など大凶荒
       
      1783 (天明3年) ・浅間山大噴火
・冷害のため諸国大飢饉
       
      1784 (天明4年) ・この春夏諸国飢饉、農民流亡のため農村荒廃        
      1785 (天明5年) ・奥羽飢餓   ・茂串新田(天草郡)*5    
      1786 (天明6年) ・下総手賀沼開発に着手するも、間もなく中止
・老中田沼意次失脚
・諸国大凶作
       
      1787 (天明7年) ・松平定信、老中就任
・寛政の改革が始まる
       
      1788 (天明8年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1789 (寛政元年) ・囲米の制を定める   ・北村開(八代郡、25町)*5
・麦島村新地(八代市)
・寛政年間:新左衛門堀(上益城郡)、東浜新地(八代郡、36町)*5
・寛政・享和年間:湾洞(玉名郡、33町)*5
   
      1790 (寛政2年)          
      1791 (寛政3年)          
      1792 (寛政4年)   ・4.01 島原温泉岳爆発し、肥後沿岸一体に津波が襲来する、熊本藩領では流失家屋2252軒、死者5520人 ・新攎(玉名郡)、築添新地(八代郡)*5    
      1793 (寛政5年)     ・寛政古開(八代市)    
      1794 (寛政6年)     ・前新地(芦北郡)*5    
      1795 (寛政7年)     ・十二町開(八代郡)*5
・銭塘沖新地(飽託郡、14ha)
   
      1796 (寛政8年)     ・宇土開(飽託郡、24町)、築添(飽託郡)、小尾の元新地(玉名郡)*5
・陳開(玉名郡、4ha)
   
      1797 (寛政9年)          
      1798 (寛政10年)     ・橋田井手(菊池郡)*5    
      1799 (寛政11年)     ・橋田井手(新井手)(鹿本郡、灌漑面積606町)、郷開(八代郡、38町)*5
・高田平永開(八代郡、41ha)
   
      1800 (寛政12年) ・伊能忠敬、蝦夷地を測量する   ・砥川水路(上益城郡、灌漑面積104町)*5    
      1801 (享和元年)     ・明午上り開(玉名郡)*5
・享和年間:前浜(玉名郡)*5
   
      1802 (享和2年)     ・葭場開(玉名郡)*5    
      1803 (享和3年)     ・永徳寺新地・立花方(玉名郡)*5    
      1804 (文化元年)     ・攎方開(玉名郡、70町)、堤添新地(八代郡、109町)、中牟田新地(八代郡、23町)*5
・文化年間:手場新地(宇土郡)、万才井手(上益城郡)、八幡宮浦(芦北郡、100町)、白岩新地(芦北郡)*5
・文化から天保の頃:五子山池・有上池・妙見池・田中池(下益城郡)*2
   
      1805 (文化2年)     ・百町開(八代郡、93町)、郷開(八代郡)、八幡浦の水路(芦北郡、100町)*5
・野津平永開(八代郡、101ha)
   
      1806 (文化3年)     ・梅洞新地(飽託郡、61町)*5
・櫨方開(玉名郡、63ha)
   
      1807 (文化4年)     ・仮田・岩井口・一番開(玉名郡)、八町開(八代郡)*5    
      1808 (文化5年)     ・西開・二番開(玉名郡)、津留上井手(鹿本郡、70町)*5    
      1809 (文化6年)     ・三番開(玉名郡)*5
・平野堰(玉名郡)
   
      1810 (文化7年)          
      1811 (文化8年)     ・鰥寡開(飽託郡)、西牧椿井用水(鹿本郡、灌漑面積56町)*5    
      1812 (文化9年)          
      1813 (文化10年)          
      1814 (文化11年)     ・葭場開(飽託郡、28町)*5    
      1815 (文化12年)     ・万福寺堤(下益城郡)*5    
      1816 (文化13年)     ・郷開新開地(宇土郡、32町)、古川井手(菊池郡、灌漑面積260町)、高の島新地・七町開(八代郡)、計石新地(芦北郡)*5    
      1817 (文化14年) ・『農具便利論』   ・手永開(八代郡)*5
二の丸開(玉名市、33ha)、上沖州新開(玉名郡、16ha)
   
      1818 (文政元年)     ・奥古閑開(飽託郡、62町)、益城開(飽託郡、32町)、塘開並びに鞘跡開(飽託郡)、小坂井手(鹿本郡、灌漑面積50町)、柏川水路(下益城郡、灌漑面積30町)*5
・計石新地(佐敷郡、17ha)、長浜沖新地(宇土市、19ha)
   
      1819 (文政2年)     ・嘉永新川(飽託郡)*5
・高道浜田新開(玉名郡、142ha)、大牟田新開(八代郡、337ha)、四郷開(玉名郡、110ha)
   
      1820 (文政3年)     ・白石堰(玉名郡、灌漑面積300町)、東開(玉名郡)*5    
      1821 (文政4年) ・伊能忠敬、『大日本沿海実測地図』完成   ・七百町新地(八代郡、700町)*5
・田所井手(上益城郡、灌漑面積45ha)
   
      1822 (文政5年)          
      1823 (文政6年)     ・一夜開(玉名郡)、出の串新田(天草郡)*5
・三番開(玉名郡、5ha)
   
      1824 (文政7年)     ・松新地(宇土郡、20ha)、下豊新井手    
      1825 (文政8年)          
      1826 (文政9年)     ・御側開新地(飽託郡、209町)、採蝋司開・畠口開(飽託郡)*5    
      1827 (文政10年)     ・四番開(玉名郡)*5
・川凌料開(玉名郡、51ha)、浦新開(宇土郡、11ha)、砂新開(熊本市、51ha)
   
      1828 (文政11年)          
      1829 (文政12年)     ・小野部田村排水溝(下益城郡)*5    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1830 (天保元年)     ・三町新地(八代郡)*5
・天保年間:大口菖新地・郷開・新開新地(宇土郡)、監物新地(下益城郡、126町)*5
   
      1831 (天保2年) ・諸国石高を調査する   ・海浦新地(芦北郡)*5
・鯨油開(玉名市、12ha)
   
      1832 (天保3年)     ・平永開新地(玉名郡、2ha)    
      1833 (天保4年) ・この冬、風水害により奥羽・関東飢饉   ・兵藤井手(菊池郡)*5    
      1834 (天保5年) ・諸国飢饉   ・小開(玉名郡)*5    
      1835 (天保6年)          
      1836 (天保7年) ・諸国飢饉、奥羽地方最も甚だしく死者10万人に及ぶ   ・今新地(下益城郡)    
      1837 (天保8年) ・大塩平八郎の乱
・この春、諸国飢餓、餓死多数
  ・高下差槌鷗州新地(八代市、17ha)    
      1838 (天保9年)     ・轟新開(天草郡、18町)*5
・亀崎新地(宇土郡)、亀松新地(宇土郡、110ha)
   
      1839 (天保10年) ・この年、奥羽飢饉、死者・流民多数        
      1840 (天保11年)     ・学科開(飽託郡、103町)、普請料開(飽託郡)、下住吉新地(下益城郡、96町)、新出田新地(下益城郡、105町)、二の丸開(八代郡、47町)、鹿島尻新地(八代郡、189町)*5    
      1841 (天保12年) ・天保改革はじまる   ・宮内出目山開(玉名郡)、天保古閑新地(八代郡、400町)、大平内(天草郡)*5    
      1842 (天保13年)     ・鯨油新地(飽託郡)、松橋新開(下益城郡、394町)、葭牟田新地(八代郡、105町)*5
・北浦新地(宇土市、120ha)
   
      1843 (天保14年) ・印旛沼開墾開始   ・住吉新地(宇土郡、154町)*5
・催合新地(八代市、330ha)、築進新地(八代市)
   
      1844 (弘化元年) ・印旛沼開墾中止   ・水島新地(八代郡、148町)*5
・弘化年間:日奈久新地(芦北郡、40町)*5
   
      1845 (弘化2年)     ・水島催合新地(八代郡)*5
・日奈久新地(八代市、34ha)、岩崎新地(八代市、2ha)
   
      1846 (弘化3年)   ・砥用惣庄屋篠原善兵衛、霊台橋の工事に着手する(〜'48) ・近津新地(飽託郡、20町)、鯨油代償開・五番開・大川口(玉名郡)、野尻草部用水(阿蘇郡)、小田浦新地(芦北郡、20町)*5
・苽人新田井手(灌漑面積18ha)
   
      1847 (弘化4年) ・信州大地震(善光寺地震)   ・沖の洲新地(八代郡、42町)、小三新地(八代郡)*5    
      1848 (嘉永元年)     ・嘉永年間:袋井手(上益城郡)、有吉新地(下益城郡、93町)、除下開墾(芦北郡)、白ヶ浦(芦北郡)*5
・嘉永・安政年間:雪野開墾(菊池郡、10数町)*5
   
      1849 (嘉永2年)     ・大河洲北割・南割・船津新地(飽託郡)*5    
      1850 (嘉永3年)     ・福良井手(上益城郡、灌漑面積17町)、石堂溜池(上益城郡)*5    
      1851 (嘉永4年)     ・受免開(玉名郡、69町)、外開(玉名郡、30町)、立花受免(玉名郡、21町)、鰐瀬の堰(下益城郡、70町)*5
・内膳開(玉名郡、62ha)、秋丸井樋(玉名市)
   
      1852 (嘉永5年)   ・矢部惣庄屋布田保之助、通潤橋の工事に着手する(〜'54) ・浮田大池(玉名郡、灌漑面積173町)、六番開(玉名郡)、中島開墾(上益城郡、35町)、女郎井手(上益城郡)、砂川新開(下益城郡、365町)*5
・小天新地(玉名郡、200ha)、網道新地(八代郡、592ha)、長田溜池(灌漑面積20ha)
   
      1853 (嘉永6年) ・ペリー浦賀来航   ・七番開(玉名郡、30町)、大開(玉名郡、125町)、葭場(玉名郡)、砂川尻二の丸開(八代郡)*5
花岡大池(宇土郡)*2
   
      1854 (安政元年) ・日米和親条約   ・通潤橋用水路(上益城郡)、砂川尻新地(八代郡、229町)、北原新地(八代郡、27町)、蛇籠新地(八代郡、24町)、北牟田新地(八代郡)*5、
・安政年間:轟木の溜池(宇土郡、灌漑面積170町)、湯舟の溜池(菊池郡、灌漑面積74町)、桜野上場開墾(芦北郡、12町)*5
   
      1855 (安政2年) ・江戸大地震(安政の大地震)   ・四郷開(玉名郡)、水の山溜池(菊池郡)、三江湖新地(八代郡、75町)、二の丸新地(八代郡、86町)、八代新地(八代郡、30町)*5
・庄島新開(三角町、20ha)
   
      1856 (安政3年)          
      1857 (安政4年)     ・新地地(宇土郡、64町)、八幡開(玉名郡、56町)、大井樋尻(玉名郡、48町)、手永新地開・三ヶ村開・北新地・大井樋尻・芝栗(玉名郡)、湯の口溜池(鹿本郡、灌漑面積500町)、白瀬(天草郡)*5    
      1858 (安政5年) ・日米修好通商条約   ・行末川の井樋(玉名郡)*5    
      1859 (安政6年)     ・九番開(玉名郡、67町)、大切畑溜池(阿蘇郡、灌漑面積50町)、嘉永新井手(上益城郡、灌漑面積200町)*5
・住吉新地(熊本市、41ha)
   
      1860 (万延元年) ・桜田門外の変        
      1861 (文久元年)     ・浦田開(飽託郡、112町)、石塘新地(玉名郡)*5    
      1862 (文久2年)          
      1863 (文久3年)          
      1864 (元冶元年) ・禁門の変、第1次長州征伐   ・塩屋米新地(宇土郡、3ha)    
      1865 (慶応元年)     ・乙畠口開(飽託郡、85町)、添築新地(三江湖築添新地)(八代郡、103町)*5    
      1866 (慶応2年) ・薩長同盟、第2次長州征伐   ・十番開(玉名郡、53町)、野崎新地(八代郡、183町)*5    
      1867 (慶応3年) ・大政奉還、王政復古宣言        
      1868 (慶応4年) ・鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争起こる)   ・小白開(玉名郡、140町)*5    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1868 (明治元年) ・明治維新   ・官築新地(熊本市、135ha)、高吉開(熊本市、6ha)    
      1869 (明治2年) ・東京遷都
・版籍奉還
・開拓使設置
       
      1870 (明治3年) ・勧農局(翌年、開墾局に改称)を設ける        
      1871 (明治4年) ・戸籍法を定める
・廃藩置県
・田畑勝手作許可
・熊本県、八代県を設置      
      1872 (明治5年) ・田畑売買禁止の解除 ・明治天皇、熊本へ行幸      
      1873 (明治6年) ・徴兵令・地租改正条例を公布
・内務省設置
  ・上網干潟(玉名郡、1ha)、沖網干潟(玉名郡、1ha)    
      1874 (明治7年) ・北海道屯田兵制度を設ける        
      1875 (明治8年)     ・神崎開(玉名郡、14ha)    
      1876 (明治9年)   ・神風連の乱おこる      
      1877 (明治10年) ・地租軽減(地価の3%から2.5%に)
・西南戦争
・西南戦争、熊本城天守閣炎上      
      1878 (明治11年)     ・富田甚平、暗渠排水法(束竹敷法)を発明    
      1879 (明治12年) ・国営安積疏水猪苗代湖開墾事業に着工(〜'82)        
      1880 (明治13年) ・区町村会法制定施行        
      1881 (明治14年) ・農商務省設置
・大日本農会創立
       
      1882 (明治15年) ・日本銀行開業   ・富新開(玉名郡、52ha)、網田新地(宇土市)、分築新地(熊本市)    
      1883 (明治16年)          
      1884 (明治17年)          
      1885 (明治18年) ・太政官制を廃止(内閣制度を樹立)        
      1886 (明治19年)          
      1887 (明治20年) ・石川県石川郡上安原村で石川式区画整理を開始 ・第五高等中学校(のち第五高等学校)開校 ・岡本新地(八代市、6ha)    
      1888 (明治21年) ・市制及び町村制を公布   ・大浜明辰開(玉名市、11ha)    
      1889 (明治22年) ・大日本帝国憲法発布
・東海道本線全通
  ・大浜鳥帽子開(玉名市、55ha)    
      1890 (明治23年) ・水利組合条例・公有水面埋立法公布        
      1891 (明治24年) ・濃尾大地震 ・九州鉄道、熊本まで開通 ・末広開(玉名市、10ha)    
      1892 (明治25年)     ・明辰開(玉名市、10ha)    
      ・耕地面積、田2,805,212ha、畑2,307,956ha、計5,113,168ha   ・田68,870ha、畑101,128ha、計169,998ha    
      1893 (明治26年)     ・明豊開(玉名郡、88ha)、明丑開(玉名郡、88ha)    
      1894 (明治27年) ・日清戦争(〜'95)   ・長保開(玉名郡、92ha)    
      1895 (明治28年)     ・共和新地(玉名市、134ha)    
      1896 (明治29年) ・河川法制定   ・明治新田(258ha)着工    
      1897 (明治30年) ・砂防法・森林法を公布   ・白川尻(熊本市、57ha)    
      1898 (明治31年)          
      1899 (明治32年) ・耕地整理法公布   ・郡築新地(八代郡)、大相開(玉名郡、53ha)    
      1900 (明治33年)     ・富田開(玉名市、23ha)    
      1901 (明治34年)          
      1902 (明治35年) ・日英同盟成立
・北海道土巧組合法公布
       
      1903 (明治36年)          
      1904 (明治37年) ・日露戦争(〜'05)   ・築用水(八代郡)着工*2    
      1905 (明治38年) ・耕地整理法改正(灌漑排水の追加)        
      1906 (明治39年)          
      1907 (明治40年) ・耕地整理研究会(後の農業土木学会)発足   ・新天開(玉名郡)    
      1908 (明治41年)          
      1909 (明治42年) ・耕地整理法改正(開墾・地目変換を認め、耕地整理組合を法人化) ・門司・鹿児島間の鉄道全通      
      1910 (明治43年) ・韓国併合        
      1911 (明治44年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1912 (大正元年)          
      1913 (大正2年) ・北海道大冷害        
      1914 (大正3年) ・第一次世界大戦勃発
・耕地整理法改正(目的に埋立・干拓を追加)
       
      1915 (大正4年)          
      1916 (大正5年)          
      1917 (大正6年) ・米価高騰        
      1918 (大正7年) ・富山県下で米騒動、以後1道3府32県に波及 ・三池炭坑万田坑で労働争議(米騒動の一環)      
      1919 (大正8年) ・都市計画法公布        
      1920 (大正9年) ・第1回国勢調査実施(総人口7698万人、内地5596万人)        
      1921 (大正10年) ・米穀法公布        
      1922 (大正11年)          
      1923 (大正12年) ・関東大震災        
      1924 (大正13年)     ・瀧上池(阿蘇郡)*2    
      1925 (大正14年) ・普通選挙法(男子)公布   ・郷野原池(上益城郡)*2
・弥富用水取水施設着工*2
   
      1926 (大正15年) ・自作農創設維持補助規則制定公布        
   


  1926 (昭和元年)          
      1927 (昭和2年) ・金融恐慌起こり、休業銀行続出
・丹後地震
       
      1928 (昭和3年) ・普通選挙による最初の衆議院議員総選挙        
      1929 (昭和4年) ・世界的経済大恐慌
・農業土木学会(後の農業農村工学会)創立
       
      1930 (昭和5年) ・昭和恐慌
・農業恐慌、農村の危機深刻化する
  ・流藻川用排兼用水路第1次改良着工*2    
      1931 (昭和6年) ・満州事変起こる
・北海道、東北に冷害、未曾有の大凶作
       
      1932 (昭和7年) ・第1次上海事変
・5.15事件
・時局匡救耕地関係農業土木事業発足
       
      1933 (昭和8年) ・国際連盟脱退
・米穀統制法公布
・三陸地震大津波
       
      1934 (昭和9年) ・満州国帝政実施(皇帝溥儀)
・室戸台風
       
      1935 (昭和10年)          
      1936 (昭和11年) ・2.26事件        
      1937 (昭和12年) ・廬溝橋事件(日中戦争開始)        
      1938 (昭和13年) ・国家総動員法公布
・農地調整法公布
       
      1939 (昭和14年) ・第2次世界大戦はじまる        
      1940 (昭和15年) ・米穀管理規則により統制        
      1941 (昭和16年) ・農地開発法公布、農地開発営団設立
・太平洋戦争開始
       
      1942 (昭和17年) ・食糧管理法公布(供出配給強化)   ・遙拝堰第2次改築を災害復旧を含め農地開発営団で着工*2    
      1943 (昭和18年)          
      1944 (昭和19年)          
      1945 (昭和20年) ・広島、長崎に原爆投下
・ポツダム宣言受諾、終戦
・緊急開拓事業実施要領制定
・熊本市大空襲      
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1946 (昭和21年) ・農地改革
・自作農創設特別措置法制定
・農地調整法改正
・地方農地事務局設置
  ・渡鹿開墾建設事業着工(〜'48)
・西合志開墾建設事業着工(〜'48)
・健軍開墾建設事業着工(〜'48)
・黒石・黒川開墾建設事業着工(〜'50)
   
      1947 (昭和22年) ・日本国憲法施行
・農業協同組合法公布
  ・国営金剛干拓事業着工(〜'61)※
・北新地並びに大鞘川沿岸排水改良事業着工(〜'51)
・一町田干拓事業着工(〜'56)
・八代港干拓事業着工(〜'64)
・芦北干拓事業着工(〜'66)
・帯山・隈庄・大野・西村・志柿開墾建設事業着工(〜'48)
・椎の尾・石飛・本村開墾建設事業着工(〜'48)
・朝日・石神開墾建設事業着工(〜'50)
・上網田開墾建設事業着工(〜'51)
・玉名開墾建設事業着工(〜'53)
   
      1948 (昭和23年) ・建設省設置   ・阿蘇谷排水改良事業着工(〜'50)
・文政、袋岡山・川村飛行場開墾建設事業着工(〜'50)
・水源・旭野開墾建設事業着工(〜'53)
・球磨開墾建設事業着工(〜'75)
   
      1949 (昭和24年) ・土地改良法公布
・ドッジ勧告による均衡予算実施
  ・菊池・上村、木護開墾建設事業着工(〜'50)
・湯浦・大畑開墾建設事業着工(〜'51)
・本妙寺・迫間・尾ヶ石・中尾山開墾建設事業着工(〜'52)
・真木・北合志護川・鏡野開墾建設事業着工(〜'53)
・端海野開墾建設事業着工(〜'62)
   
      1950 (昭和25年) ・朝鮮戦争勃発
・国土総合開発法公布
  ・浦川用水改良事業着工(〜'52)
・鍋排水改良事業着工(〜'51)
・流合川排水改良事業着工(〜'61)
・下原、田野開墾建設事業着工(〜'51)
・下網田・合志・高塚開墾建設事業着工(〜'52)
・一町田開墾建設事業着工(〜'54)
・矢缶開墾建設事業着工(〜'56)
   
      1951 (昭和26年) ・積雪寒冷地単作地帯振興臨時措置法公布   ・国営横島干拓事業着工(〜'74)※
・国営不知火(和鹿島)干拓事業着工(〜'67)※
・万江川用水改良事業着工(〜'68)
・郡築排水改良事業着工(〜'53)
・阿蘇谷西部排水改良事業着工(〜'53)
・立田山・田川・長崎開墾建設事業着工(〜'52)
・高遊原開墾建設事業着工(〜'53)
・小天開墾建設事業着工(〜'54)
・岳の湯・惣作開墾建設事業着工(〜'55)
・郡の浦開墾建設事業着工(〜'56)
・扇谷開墾建設事業着工(〜'57)
・清水平木場開墾建設事業着工(〜'58)
   
      1952 (昭和27年) ・農地法公布   ・東砥用用水改良事業着工(〜'67)
・稚児川排水改良事業着工(〜'61)
・菊池川右岸排水改良事業着工(〜'57)
・三角干拓事業着工(〜'68)
・芳野・内牧・一武開墾建設事業着工(〜'53)
・元野開墾建設事業着工(〜'53)
・桜の上場・寺下開墾建設事業着工(〜'55)
・瀬の木開墾建設事業着工(〜'56)
・柵底開墾建設事業着工(〜'58)
   
      1953 (昭和28年) ・北九州及び和歌山県に大水害 ・県内に集中豪雨、白川大氾濫、死者行方不明537人 ・通潤用排水改良事業着工(〜'60)
・戸馳干拓事業着工(〜'64)
・栖本干拓事業着工(〜'64)
・平真城開墾建設事業着工
   
      1954 (昭和29年)     ・宇土八水用排水改良事業着工(〜'73)
・鍋開墾建設事業着工(〜'56)
・宮地・宮原開墾建設事業着工(〜'56)
・福山開墾建設事業着工(〜'57)
・田原開墾建設事業着工(〜'62)
   
      1955 (昭和30年) ・愛知用水公団、農地開発機械公団設立   ・黒肥地開墾建設事業着工(〜'56)
・新層・出水開墾建設事業着工(〜'57)
   
      1956 (昭和31年)   ・水俣病公式発見 ・山北・山の神開墾建設事業着工(〜'61)
・下浦開墾建設事業着工(〜'61)
   
      1957 (昭和32年) ・八郎潟干拓事業開始   ・阿蘇谷中東部排水改良事業着工(〜'74)    
      1958 (昭和33年)   ・6.24 阿蘇山爆発、死者2人 ・中島用水改良事業着工(〜'65)、
・球磨南部用水改良事業着工(〜'67)
・阿村干拓事業着工(〜'66)
   
      1959 (昭和34年) ・伊勢湾台風   ・河内干拓事業着工(〜'59)
・津奈木干拓事業着工(〜'66)
・球磨南部開墾建設事業着工(〜'60)
・鏡山開墾建設事業着工(〜'61)
   
      1960 (昭和35年) ・所得倍増計画
・食糧増産対策事業から農業基盤整備事業に名称変え
  ・国営玉名海岸保全事業着工(〜'79)※
・玉名平野用水改良事業着工(〜'86)
・大楠干拓事業着工(〜'68)
・大畑第二開墾建設事業着工(〜'61)
   
      1961 (昭和36年) ・農業基本法制定
・水資源開発公団法公布(設立は'62)
  ・天君ダム防災ダム事業着工(〜'70)
・竹の谷開墾建設事業着工(〜'63)
   
      ・耕地面積、田3,414,000ha、畑2,719,000ha、計6,136,000ha   ・田84,600ha、畑73,800ha、計158,400ha    
      1962 (昭和37年)   ・天草架橋起工      
      1963 (昭和38年) ・団体営圃場整備事業の創設   ・花房台地用水改良事業着工(〜'67)
・楠浦用水改良事業着工(〜'68)
・湯浦開墾建設事業着工(〜'68)
   
      1964 (昭和39年) ・東京オリンピック
・八郎潟大潟村誕生
・改正河川法公布
・下筌ダムの蜂の巣城強制撤去 ・国営八代平野農業水利事業着工(〜'73)※    
      1965 (昭和40年)     ・圃場整備走潟地区着工(県下第1号、〜'71)
・金峰山山麓農地開発事業着工(〜'75)
   
      1966 (昭和41年) ・土地改良長期計画(1次)   ・国営阿蘇草地開発事業着工(〜'74)※
・八代平野用排水改良事業着工(〜'81)
   
      1967 (昭和42年) ・公害対策基本法公布   ・天水台地用水改良事業着工(〜'84)    
      1968 (昭和43年)   ・2.21 えびの・人吉地方に大地震 ・国営羊角湾農地開発事業着工(〜'95)※
・志岐用水改良事業着工(〜'73)
   
      1969 (昭和44年) ・米の生産制限始まる(開田抑制措置)
・農業振興地域の整備に関する法律公布
・農道舗装事業の創設
・水俣病裁判開始 ・高遊原用水改良事業着工(〜'84)
・清願寺ダム防災ダム事業着工(〜'84)
・高森農地開発事業着工(〜'72)
   
      1970 (昭和45年)     ・免田川用水改良事業着工(〜'84)
・広域農道阿蘇北部地区・大維地区着工(県下第1号、〜'76)
   
      1971 (昭和46年) ・政府米の買入制限導入
・沖縄返還
・環境庁発足
  ・氷川用水改良事業着工(〜'85)
・合志南部畑地帯総合土地改良事業着工(〜'85)
・益城台地畑地帯総合土地改良事業着工(〜'86)
   
      1972 (昭和47年) ・土地改良法改正
・農村基盤総合整備パイロット事業の創設
・天草上島で山津波災害、死者不明123人 ・教良木用水改良事業着工(〜'88)    
      1973 (昭和48年) ・第一次石油ショック
・土地改良長期計画(2次)  
  ・国営矢部農地開発事業着工(〜'88)※
・氷川下流用水改良事業着工(〜'88)
   
      1974 (昭和49年) ・国土利用長期計画法公布
・国土庁発足
・水俣湾の水銀汚染魚封じ込めの仕切り網設置作業開始      
      1975 (昭和50年)          
      1976 (昭和51年) ・土地改良法改正   ・飽田中央用水改良事業着工(〜'84)    
      1977 (昭和52年)   ・7.20 阿蘇中岳爆発 ・上原田畑地帯総合土地改良事業着工(〜'86)    
      1978 (昭和53年) ・農林省、農林水産省に省名変更   ・国営大野川上流農業水利事業着工※
・佐伊津農地開発事業着工(〜'86)
   
      1979 (昭和54年) ・第二次石油ショック
・国営農地防災排水事業の創設
・九州自動車道北九州地区開通 ・国営菊池台地農業水利事業着工(〜'96)※
・護川畑地帯総合土地改良事業着工
・菊鹿農地開発事業着工(〜'88)
   
      1980 (昭和55年)   ・九州自動車道、八代まで完成 ・五和用水改良事業着工    
      1981 (昭和56年) ・食糧管理法の改正        
      1982 (昭和57年)          
      1983 (昭和58年) ・土地改良長期計画(3次)
・日本海中部地震
  ・うてな台地畑地帯総合土地改良事業着工    
      1984 (昭和59年) ・農業振興地域の整備に関する法律と土地改良法の改正
・118品目の関税引き下げなど対外経済対策を決定
  ・泗水南部畑地帯総合土地改良事業着工
・下城農地開発事業着工
   
      1985 (昭和60年)     ・合志北部畑地帯総合土地改良事業着工    
      1986 (昭和61年) ・21世紀へ向けての農政の基本方向   ・西合志畑地帯総合土地改良事業着工    
      1987 (昭和62年) ・水田農業確立対策決定   ・国営八代平野施設整備事業着工(〜'90)※
・鞍志畑地帯総合土地改良事業着工
   
      1988 (昭和63年) ・日米牛肉オレンジ問題、GATTでの紛争解決へ
・青函トンネル、瀬戸大橋開通
  ・鹿央用水改良事業着工
・白川下流用水改良事業着工
・大矢野農地開発事業着工
   
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 熊本県の歴史 熊本県の水土整備の歴史    
   


  1989 (平成元年)   ・九州自動車道、八代・人吉間開通      
      1990 (平成2年)   ・11.17 雲仙普賢岳、197年ぶりに噴火      
      1991 (平成3年) ・農業農村整備事業と事業名変わる ・台風19号、県内を荒れ狂う      
      1992 (平成4年)          
      1993 (平成5年) ・環境基本法案決定
・北日本中心に大冷害、作況指数74、冷害対策として米の緊急輸入
       
      1994 (平成6年) ・ウルグアイ・ラウンド農業合意関連対策大綱を決定        
      1995 (平成7年) ・阪神・淡路大震災        
      1996 (平成8年)          
      1997 (平成9年) ・環境影響評価法(環境アセス法)公布        
      1998 (平成10年) ・中央省庁等改革基本法成立        
      1999 (平成11年) ・食料・農業・農村基本法成立        
      2000 (平成12年) ・食料・農業・農村基本計画閣議決定   ・国営玉名横島海岸保全事業着工※    
      2001 (平成13年)          
      2002 (平成14年)          
      2003 (平成15年)     ・緑資源機構 阿蘇小国郷特定中山間保全整備事業着工(〜'09)    
      2004 (平成16年) ・中越地震        
      2005 (平成17年)          
      ・耕地面積、2,556,000ha、畑2,136,000ha、計4,692,000ha   ・田72,300a、畑48,100ha、計120,400ha    
      2006 (平成18年)          
      2007 (平成19年) ・中越沖地震        
      2008 (平成20年) ・岩手・宮城内陸地震        
      2009 (平成21年)          
      2010 (平成22年)          
      2011 (平成23年) ・東日本大震災 3.11 東北地方太平洋沖地震(死者・不明者18,617人(H24.11.14警察庁)、津波による農地の流失・冠水等被害推定面積23,600ha(H23.3.29農林水産省))        
      2012 (平成24年)   熊本市、政令指定都市となる      
      2013 (平成25年)          
                     
        <参考文献>          
        *1 「疏水百選」(2006年)(全国土地改良事業団体連合会)        
        *2 「日本水利施設進展の研究」(1958年)(牧 隆泰著、土木雑誌社)      
        *3 「明治前日本土木史」(1956年)(日本学術振興会、日本学士院日本科学史刊行会)      
        *4 「農業土木史」(1979年)((社)農業土木学会)        
        *5 「明治以前日本土木史」(1936年)(土木学会編、岩波書店)        
        ※ 「各地方農政局ホームページ」等より抜粋        
           なお、「水土整備の歴史」欄で無印の事業等は「熊本県土地改良史」(1990)より抜粋      
           また、熊本県の歴史は「熊本県の歴史」(1999年)(山川出版社)より抜粋      
                     
                     
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