水土の礎 サイトマップ
 
                   
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
       
 
           
                     
                     
                平成24年12月21日更新    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   
  -7000 (縄文時代)          
      -400 (縄文時代)          
   





  前1世紀 (弥生時代) ・近畿まで稲作が北進する        
      3世紀 (弥生時代) ・稲作の北進 本州北端(青森)まで        
      239 (3世紀) ・邪馬台国卑弥呼[親魏倭王]の称号受ける        
      300 (4世紀頃)          
      500 (6世紀当初)          
      645 (大化元年) ・大化の改新        
      646 (大化2年) ・班田収授の法を制定
・公地公民制を宣言
・租・庸・調を定める
       
      694 (持統8年) ・藤原京に遷都        
      701 (大宝元年) ・大宝律令        
      702 (大宝2年)          
   


  710 (和銅3年) ・平城京に遷都        
      713 (和銅6年)   ・日向国から贈於・大隅など4郡を割いて大隅国がおかれる      
      722 (養老6年) ・墾田100万町歩の開墾を計画する        
      723 (養老7年) ・墾田の開発をすすめ、用益の年限をきめる(三世一身法)        
      741 (天平13年)          
      743 (天平15年) ・墾田を私財とする事を許す(墾田永世私有令)        
      746 (天平18年)          
      757 (天平宝字元年)          
      765 (天平神護元年) ・寺院以外の墾田開発を禁止        
      784 (延暦3年) ・長岡京に遷都        
   


  794 (延暦13年) ・平安京に遷都        
      795 (延暦14年)   ・俘囚大伴部阿弖良が妻子親族66人と日向国に流される      
      821 (弘仁12年) ・空海、満濃池を作る        
      902 (延喜2年) ・延喜の荘園整理令        
      927 (延長5年) ・『延喜式』完成        
         平安時代 ・平安中期の耕地面積862,767町   ・日向国:耕地4,800町    
      1017 (寛仁元年) ・藤原道長が太政大臣となる        
      1045 (寛徳2年) ・寛徳の荘園整理令        
      1055 (天喜3年)          
      1062 (康平5年) ・前九年の役平定(安部氏亡ぶ)        
      1069 (延久元年) ・延久の荘園整理令        
      1086 (応徳3年) ・白河上皇、院政を始める        
      1087 (寛治元年) ・後三年の役平定        
      1128 (大治3年)   ・島津氏の祖と伝える惟宗基定を、日向守とする      
      1156 (保元元年) ・保元の乱        
      1159 (平治元年) ・平治の乱        
      1167 (仁安2年) ・平清盛、太政大臣となる        
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1183 (寿永2年)          
      1185 (文治元年) ・守護、地頭を設置        
      1192 (建久3年) ・源頼朝、征夷大将軍となる        
      1197     ・日向国図田帳作成される      
      1221 (承久3年) ・承久の乱        
      1232 (貞永元年) ・北条泰時、関東御成敗式目(貞永式目)制定        
      1274 (文永11年) ・文永の役[蒙古襲来]        
      1281 (弘安4年) ・弘安の役[蒙古襲来]        
      1297 (永仁5年) ・永仁の徳政令発布        
      1333 (元弘3年) ・鎌倉幕府滅亡        
   


  1334 (建武元年) ・建武の中興        
      1336 (建武3年) ・後醍醐天皇、吉野に移る(南北朝分裂)   ・酒元の鶴池(西都市)    
      1338 (延元3年) ・足利尊氏、征夷大将軍となる        
      1346 (正平元年)     ・天平年間:寿田堰の宮丸堀(都城市)    
      1368 (応安元年) ・足利義満、征夷大将軍となる        
      1392 (明徳3年) ・南北朝の合一        
      1400 (応永7年)   ・室町幕府、日向国を幕府の「料国」とする      
      1404 (応永11年)   ・室町幕府、島津元久を日向国守護職に補任      
      1428 (正長元年) ・正長の土一揆   ・鶴の池(稚兒ヶ池)(兒湯郡)*5    
      1430 (永享2年)     ・永享年間:田吉池(宮崎市)    
      1467 (応仁元年) ・応仁の乱起こる        
      1476 (文明8年)   ・9.12 桜島大噴火      
      1488 (長享2年) ・加賀一向一揆        
         室町時代 ・室町期の耕地面積854,791町   ・日向国:耕地7,247町    
      1506 (永正3年)          
      1543 (天文12年) ・種子島に鉄砲伝来        
      1573 (天正元年) ・室町幕府滅びる   ・天正年間:広谷用水(高鍋町・上江村)    
   





  1576 (天正4年)     ・赤水堰(高崎町、灌漑面積80町)    
      1581 (天正9年)          
      1582 (天正10年) ・本能寺の変
・太閤検地始まる(〜'98)
       
      1585 (天正13年) ・豊臣秀吉、関白となる        
      1588 (天正16年) ・刀狩、封建的身分制、兵農分離        
      1590 (天正18年)          
      1596 (慶長元年)          
      1597 (慶長2年)          
      1598 (慶長3年)          
      1599 (慶長4年)          
      1600 (慶長5年) ・関ヶ原の戦い        
      1601 (慶長6年)          
      1602 (慶長7年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1603 (慶長8年) ・徳川家康、征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開く        
      1604 (慶長9年)          
      1605 (慶長10年)          
      1606 (慶長11年)          
      1607 (慶長12年)          
      1608 (慶長13年)          
      1609 (慶長14年)          
      1610 (慶長15年)          
      1611 (慶長16年)   ・この年、鹿児島藩で慶長検地はじまる(〜'14)      
      1612 (慶長17年)     ・大平寺取水施設(高鍋町、灌漑面積90町)    
      1613 (慶長18年)          
      1614 (慶長19年) ・大阪冬の陣        
      1615 (元和元年) ・大阪夏の陣
・武家諸法度、禁中並公家諸法度を定める
  ・中の園用水路(高千穂町)    
      1616 (元和2年)          
      1617 (元和3年)          
      1618 (元和4年)          
      1619 (元和5年)          
      1620 (元和6年)          
      1621 (元和7年)          
      1622 (元和8年)          
      1623 (元和9年)          
      1624 (寛永元年)          
      1625 (寛永2年)          
      1626 (寛永3年)          
      1627 (寛永4年)          
      1628 (寛永5年)          
      1629 (寛永6年)          
      1630 (寛永7年)          
      1631 (寛永8年)          
      1632 (寛永9年)          
      1633 (寛永10年)          
      1634 (寛永11年)          
      1635 (寛永12年)          
      1636 (寛永13年)          
      1637 (寛永14年)          
      1638 (寛永15年)          
      1639 (寛永16年) ・鎖国令        
      1640 (寛永17年)     ・赤江用水(宮崎郡、灌漑面積445町)*5    
      1641 (寛永18年)          
      1642 (寛永19年)          
      1643 (寛永20年) ・田畑永代売買禁止令        
      1644 (正保元年)          
      1645 (正保2年)          
      1646 (正保3年)          
      1647 (正保4年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1648 (慶安元年)          
      1649 (慶安2年) ・地方五役5人組制度        
      1650 (慶安3年)          
         江戸時代前期     ・延岡藩5万石、飫肥藩5万石、高鍋藩3万石、佐土原藩3万石    
      1651 (慶安4年)          
      1652 (承応元年)          
      1653 (承応2年) ・幕府、玉川上水開削を許し、費用を与える        
      1654 (承応3年)          
      1655 (明暦元年)          
      1656 (明暦2年)          
      1657 (明暦3年)          
      1658 (万冶元年)          
      1659 (万冶2年)          
      1660 (万冶3年)          
      1661 (寛文元年)          
      1662 (寛文2年)   ・9.17 日向大地震、飫肥藩で田畑8500石余が海没、2398人死亡
・この年、日向一円で大旱魃
     
      1663 (寛文3年)          
      1664 (寛文4年)          
      1665 (寛文5年)          
      1666 (寛文6年) ・山川掟の発令        
      1667 (寛文7年)          
      1668 (寛文8年)          
      1669 (寛文9年)          
      1670 (寛文10年)          
      1671 (寛文11年)          
      1672 (寛文12年)     ・岩満村開田(北諸縣郡)*5    
      1673 (延宝元年)          
      1674 (延宝2年) ・分地制限法   ・長者堰・中島田圃・宝光院用水・井手山用水(小林市)
・細野の井手の山池(灌漑面積64町)
   
      1675 (延宝3年)     ・熊野江取水施設(延岡市、灌漑面積16町)
・上勢西取水施設(宮崎市、灌漑面積12町)
   
      1676 (延宝4年)     ・中島の姿池(宮崎、灌漑面積33町)
・本宿の槇柱池(島の内、灌漑面積12町)
・日平の備後工池(新名爪、灌漑面積20町)
・観音寺池(下北方、灌漑面積30町)
・渡口溜池・新池(国富町)
   
      1677 (延宝5年)          
      1678 (延宝6年)          
      1679 (延宝7年)          
      1680 (延宝8年)     ・水流名用水路(高原郷、300町)    
      1681 (天和元年)          
      1682 (天和2年)     ・是位川内新田(山田町)    
      1683 (天和3年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1684 (貞享元年) ・河村瑞賢、淀川下流の治水事業に着手(〜'85)        
      1685 (貞享2年)     ・平田乙房開田(北諸縣郡)*5    
      1686 (貞享3年)   ・堀川運河が完成する      
      1687 (貞享4年) ・田畑永代売買禁止を再令する        
      1688 (元禄元年)          
      1689 (元禄2年)          
      1690 (元禄3年)          
      1691 (元禄4年)     ・中溝用水(都農町)    
      1692 (元禄5年)          
      1693 (元禄6年)          
      1694 (元禄7年)     ・長法寺溜池(高鍋町、灌漑面積18町)    
      1695 (元禄8年)          
      1696 (元禄9年) ・宮崎安貞「農業全書」刊        
      1697 (元禄10年)          
      1698 (元禄11元年)          
      1699 (元禄12年)     ・栗の名取水施設(延岡市、灌漑面積230町)    
      1700 (元禄13年)          
      1701 (元禄14年)     ・松谷上溜池(灌漑面積20町)・下溜池(灌漑面積60町)(高鍋町)
・木森井堰(国富、灌漑面積214町)
・西別府新井手溜池(川南町)
   
      1702 (元禄15年)          
      1703 (元禄16年)          
      1704 (宝永元年) ・大和川の付替工事開始        
      1705 (宝永2年) ・大和川旧河道新田開発   ・名貫井手(都農町)    
      1706 (宝永3年)          
      1707 (宝永4年) ・富士山噴火、宝永山できる   ・西別府新井手(高鍋町)    
      1708 (宝永5年) ・貝原益軒『大和本草』        
      1709 (宝永6年) ・新井白石を登用する        
      1710 (宝永7年)     ・田原取水口(高鍋町、灌漑面積281町)    
      1711 (正徳元年)          
      1712 (正徳2年)     ・久味木加治屋開田(北諸縣郡)*5    
      1713 (正徳3年)          
      1714 (正徳4年)          
      1715 (正徳5年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1716 (享保元年) ・徳川吉宗、第8代将軍となる 9.- 霧島山噴火、東裾野一帯に噴石・降灰による被害甚大 ・穴水溜池(小林市)
・太古川取水施設(山田町、灌漑面積105ha)
・享保用水・大出水用水(灌漑面積340町、〜'32)(えびの市)
・西方村溜池(串間市)
・一渡瀬用水(高千穂町)
・出北井堰(延岡市)
・享保年間:松山池・中池・定満ヶ池(北諸縣郡、灌漑面積80町)*5
・享保年間:東海の恋島門・寺島門用水路・南方の小峯門・永田門用水路・古川内用水路(延岡市)
・下方・城丸堰水路(えびの、灌漑面積140町)
・内小場田圃・細野新田・後川内村小堀田圃・細野中島田圃・東方村開田溜池(小林市)
   
      1717 (享保2年)     ・桂原用水(南那珂郡、灌漑面積250町)*5
・上江井堰(小林市、灌漑面積56町)
   
      1718 (享保3年)     ・竹浜取水施設(川南町、灌漑面積23町)    
      1719 (享保4年)          
      1720 (享保5年)          
      1721 (享保6年) ・目安箱の設置        
      1722 (享保7年) ・新田開発の奨励   ・杉安用水(一期工事)(兒湯郡、灌漑面積14町)*5    
      1723 (享保8年)          
      1724 (享保9年)          
      1725 (享保10年)     ・前川堰(山之口町、3町)、長峰の小光池(宮崎市)    
      1726 (享保11年) ・新田検地条目の制定   ・本宿の権現寺田池(宮崎市、灌漑面積11町)
・日平の長迫池(宮崎市、灌漑面積15町)
・石山の定満ヶ池・松山池(高城町、灌漑面積40余町)
   
      1727 (享保12年)          
      1728 (享保13年)     ・志和池の大五郎新田開作(都城市、70町)    
      1729 (享保14年)          
      1730 (享保15年)          
      1731 (享保16年)          
      1732 (享保17年) ・山陽・南海・西海・畿内蝗害のため大飢饉 ・蝗が大発生して飢饉となり(享保大飢饉)、延岡藩の損毛高6万1320石余にのぼる ・享保水路(西諸縣郡、灌漑面積305町)*5    
      1733 (享保18年)          
      1734 (享保19年)   ・この年、五ヶ瀬川の岩熊井堰が完工する ・岩熊用水(東臼杵郡、灌漑面積131町)*5    
      1735 (享保20年) ・幕府、米価下落を防ぐため最低価格を決める        
      1736 (元文元年)     ・上の薗溜池(小林市)    
      1737 (元文2年)          
      1738 (元文3年)          
      1739 (元文4年)          
      1740 (元文5年)          
      1741 (寛保元年)          
      1742 (寛保2年)          
      1743 (寛保3年)          
      1744 (延享元年)     ・江平東池(宮崎)    
      1745 (延享2年)          
      1746 (延享3年)          
      1747 (延享4年)          
      1748 (寛延元年)     ・寛永年間:杉安用水(二期工事)(兒湯郡、灌漑面積600余町)*5    
      1749 (寛延2年) ・定免制を全面的に施行        
      1750 (寛延3年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


     江戸時代中頃 ・江戸中期の耕地面積:田1,695,923町、畑1,417,074町、計3,013,546町   ・日向国:田2,131町、畑20,193町、計22,324町    
      1751 (宝暦元年)     ・宝暦年間:上井野用水(東臼杵郡、灌漑面積20町)*5    
      1752 (宝暦2年)          
      1753 (宝暦3年)     ・門川尾末水路(東臼杵郡、灌漑面積120町)*5    
      1754 (宝暦4年)          
      1755 (宝暦5年) ・木曽川の治水工事完成        
      1756 (宝暦6年)          
      1757 (宝暦7年)          
      1758 (宝暦8年)          
      1759 (宝暦9年)          
      1760 (宝暦10年)          
      1761 (宝暦11年)          
      1762 (宝暦12年)          
      1763 (宝暦13年)          
      1764 (明和元年)          
      1765 (明和2年)          
      1766 (明和3年)          
      1767 (明和4年)          
      1768 (明和5年)          
      1769 (明和6年)          
      1770 (明和7年)          
      1771 (明和8年)          
      1772 (安永元年) ・田沼意次、老中となる        
      1773 (安永2年)     ・須輪間堰(東臼杵郡、灌漑面積120余町)*5
・小松大内原門用水(東臼杵郡、灌漑面積35町)*5
   
      1774 (安永3年)          
      1775 (安永4年)          
      1776 (安永5年)          
      1777 (安永6年)          
      1778 (安永7年)          
      1779 (安永8年)          
      1780 (安永9年)          
      1781 (天明元年)          
      1782 (天明2年) ・下総印旛沼干拓に着手
・瀬戸内・九州など大凶荒
       
      1783 (天明3年) ・浅間山大噴火
・冷害のため諸国大飢饉
       
      1784 (天明4年) ・この春夏諸国飢饉、農民流亡のため農村荒廃   前野上江堰(高原町、灌漑面積20町)    
      1785 (天明5年) ・奥羽飢餓        
      1786 (天明6年) ・下総手賀沼開発に着手するも、間もなく中止
・老中田沼意次失脚
・諸国大凶作
  今町の海北堰(都城市、灌漑面積42町)    
      1787 (天明7年) ・松平定信、老中就任
・寛政の改革が始まる
       
      1788 (天明8年)     小丸川の堀川(高鍋町)    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1789 (寛政元年) ・囲米の制を定める   ・糸原の鳥の巣ノ平池(宮崎市)
・市谷川原井堰用水路(南郷村、灌漑面積17ha、〜'90)
   
      1790 (寛政2年)     ・野田樋用水路(延岡市、灌漑面積28町)
・三ヶ月原井手(都農町)
   
      1791 (寛政3年)          
      1792 (寛政4年)          
      1793 (寛政5年)          
      1794 (寛政6年)          
      1795 (寛政7年)          
      1796 (寛政8年)          
      1797 (寛政9年)     ・大貫水路(東臼杵郡、灌漑面積52町)*5    
      1798 (寛政10年)          
      1799 (寛政11年)          
      1800 (寛政12年) ・伊能忠敬、蝦夷地を測量する   ・松木川原新田開作(都城市)    
      1801 (享和元年)     ・恋島門、寺島門用水路(延岡市、灌漑面積30町、〜'03)    
      1802 (享和2年)     ・泉福寺開田(高千穂町)    
      1803 (享和3年)          
      1804 (文化元年)     ・文化年間:入下開墾(東臼杵郡、数十町)*5    
      1805 (文化2年)          
      1806 (文化3年)          
      1807 (文化4年)          
      1808 (文化5年)          
      1809 (文化6年)          
      1810 (文化7年)          
      1811 (文化8年)          
      1812 (文化9年)          
      1813 (文化10年)          
      1814 (文化11年)          
      1815 (文化12年)          
      1816 (文化13年)     ・鎌ヶ池(宮崎市、灌漑面積58町)    
      1817 (文化14年) 『農具便利論』        
      1818 (文政元年)     ・山中田圃開田(〜'29)
・新田場田圃・川崎田圃開田(小林市)
・亀崎浜の防潮堤(日向市、〜'30)
・名貫川に堀貫(都農〜川南間)(高鍋町)
・文政年間:佐野用水路(延岡市)
   
      1819 (文政2年)          
      1820 (文政3年)     ・金崎の通田4号池(宮崎市)
・浦畑田用水路(綾町)
   
      1821 (文政4年) ・伊能忠敬、『大日本沿海実測地図』完成        
      1822 (文政5年)          
      1823 (文政6年)          
      1824 (文政7年)          
      1825 (文政8年)     ・新田馬場長者原堰(小林市、灌漑面積43町)    
      1826 (文政9年)     ・ムカサの山田溜池(高岡町)    
      1827 (文政10年)          
      1828 (文政11年)          
      1829 (文政12年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1830 (天保元年)     ・天保年間:糸原鳥の巣(2号)溜池(宮崎市、灌漑面積25町)
・三ヶ月原用水路(弥兵衛堰)(都農町)
・久兵衛井堰(川南町)
・芳士の田池(宮崎市)
・井之原用水路(高原町、灌漑面積13町)
   
      1831 (天保2年) ・諸国石高を調査する        
      1832 (天保3年)     ・打扇水路開さく(北方町、灌漑面積20余町、〜'40)    
      1833 (天保4年) ・この冬、風水害により奥羽・関東飢饉        
      1834 (天保5年) ・諸国飢饉   ・外浦、潟上の新田開拓(南郷町、〜'43)    
      1835 (天保6年)          
      1836 (天保7年) ・諸国飢饉、奥羽地方最も甚だしく死者10万人に及ぶ        
      1837 (天保8年) ・大塩平八郎の乱
・この春、諸国飢餓、餓死多数
       
      1838 (天保9年)          
      1839 (天保10年) ・この年、奥羽飢饉、死者・流民多数   ・上渡川野畑井堰用水路(南郷村、灌漑面積7町)    
      1840 (天保11年)     ・早渡用水(東臼杵郡、灌漑面積20余町)*5    
      1841 (天保12年) ・天保改革はじまる        
      1842 (天保13年)          
      1843 (天保14年) ・印旛沼開墾開始        
      1844 (弘化元年) ・印旛沼開墾中止   ・亀崎新開(日向市)、喜多治水路(高千穂町、20町)    
      1845 (弘化2年)     ・五ヶ所開墾(西臼杵郡)*5
・椎畑用水路(灌漑面積3町)・二股桑水流用水路(北方町)
   
      1846 (弘化3年)     ・上長飯久味木池(都城市)    
      1847 (弘化4年) ・信州大地震(善光寺地震)        
      1848 (嘉永元年)     ・嘉永年間:蓑野用水(高城)
・西方の福島溜池4ヶ所(串間市)
・向川夏井堰(綾町)
・新井手溜池・間越田用水路(宮崎市)
・寛永年間:跡江開田(宮崎郡)*5
   
      1849 (嘉永2年)          
      1850 (嘉永3年)     ・西方村溜池(南那珂郡)*5
・高千穂開田(高原町)
・麓の鶴園水路(須木村、灌漑面積8町)
   
      1851 (嘉永4年)     ・古川用水(東臼杵郡、灌漑面積15町)*5
・三納三脇竹の内溜池(西都市、灌漑面積40町)
・宮田上溜池(旧和田池)(三股町、灌漑面積5町)
   
      1852 (嘉永5年)          
      1853 (嘉永6年) ・ペリー浦賀来航        
      1854 (安政元年) ・日米和親条約   ・黒原用水(高千穂町)
・安政年間:安久村尾平開干拓(北諸縣郡)*5
   
      1855 (安政2年) ・江戸大地震(安政の大地震)        
      1856 (安政3年)     ・仏ノ尾用水(高千穂町)
・今別府取水施設(北郷町、灌漑面積2町)
・松ノ皮取水施設(北郷町、灌漑面積2町)
   
      1857 (安政4年)     ・宇都溜池(高岡町、灌漑面積90町)    
      1858 (安政5年) ・日米修好通商条約   ・黒見迫池(宮崎市)    
      1859 (安政6年)     ・岩戸用水路(灌漑面積19町)    
      1860 (万延元年) ・桜田門外の変   ・平原開田(千谷迫の田)(小林市)    
      1861 (文久元年)     ・真田溜池堤防拡張(宮崎市)
・新田山田迫池(通称大和の池)(新富町、灌漑面積50余町)
・文久年間:三名開田(東諸縣郡、49町)*5
・文久年間:生目の岩下溜池(宮崎市)
   
      1862 (文久2年)     ・鹿野の梅木新池・池田溜池(西都市、灌漑面積27町)
・下北方の新池(宮崎市)
   
      1863 (文久3年)     ・岩戸地区(上寺)用水路(灌漑面積20町)
・末市用水・諸和久用水(日の影町)
   
      1864 (元冶元年) ・禁門の変、第1次長州征伐   ・山裏日陰用水(高千穂町、〜'71)
・下曽木用水路(北方町)
・高城溝渠(木城村)
   
      1865 (慶応元年)     ・中原用水(田原、上野)(高千穂町)
・千谷迫の開田(小林市)
・第一太郎用水・貝の口用水・馬場用水・円関用水・馬背野溜池(高千穂町)
・慶応年間:善兵衛頭首工(都農町)
・塚原池第一溜池(新富町、灌漑面積10町)
   
      1866 (慶応2年) ・薩長同盟、第2次長州征伐   ・上江用水(兒湯郡)*5
・広谷用水(兒湯郡、220町)*5
・倉岡池の内に溜池(宮崎市、灌漑面積数十町)
・樫野溜池(西都市、灌漑面積16町)
   
      1867 (慶応3年) ・大政奉還、王政復古宣言   ・比木用水(兒湯郡、100余町)*5
・黒仁田用水(高千穂町)
   
      1868 (慶応4年) ・鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争起こる)   ・板坪水路(北方町)
・船引開田と正田用水路開さく(清武町、灌漑面積20余町)
   
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1868 (明治元年) ・明治維新   ・恒冨村水路(東臼杵郡、灌漑面積140町)*5    
      1869 (明治2年) ・東京遷都
・版籍奉還
・開拓使設置
       
      1870 (明治3年) ・勧農局(翌年、開墾局に改称)を設ける        
      1871 (明治4年) ・戸籍法を定める
・廃藩置県
・田畑勝手作許可
・美々津県と都城県設置 ・日陰用水(西臼杵郡、23町)*5
・金丸堰*2
   
      1872 (明治5年) ・田畑売買禁止の解除        
      1873 (明治6年) ・徴兵令・地租改正条例を公布
・内務省設置
・美々津・都城両県を廃し宮崎県をおく      
      1874 (明治7年) ・北海道屯田兵制度を設ける        
      1875 (明治8年)          
      1876 (明治9年)   ・宮崎県が廃され、鹿児島県に合併になる      
      1877 (明治10年) ・地租軽減(地価の3%から2.5%に)
・西南戦争
・西郷隆盛鹿児島出発、西南戦争はじまる
・隆盛宮崎到着、西郷軍可愛岳突破
・西郷軍鹿児島城山で全滅
     
      1878 (明治11年)          
      1879 (明治12年) ・国営安積疏水猪苗代湖開墾事業に着工(〜'82)   ・金丸堰を水源とした伊倉用水路の開さく(〜'80)    
      1880 (明治13年) ・区町村会法制定施行        
      1881 (明治14年) ・農商務省設置
・大日本農会創立
       
      1882 (明治15年) ・日本銀行開業        
      1883 (明治16年)   ・宮崎県再置      
      1884 (明治17年)          
      1885 (明治18年) ・太政官制を廃止(内閣制度を樹立)        
      1886 (明治19年)          
      1887 (明治20年) ・石川県石川郡上安原村で石川式区画整理を開始        
      1888 (明治21年) ・市制及び町村制を公布        
      1889 (明治22年) ・大日本帝国憲法発布
・東海道本線全通
       
      1890 (明治23年) ・水利組合条例・公有水面埋立法公布        
      1891 (明治24年) ・濃尾大地震        
      1892 (明治25年)          
      ・耕地面積、田2,805,212ha、畑2,307,956ha、計5,113,168ha   ・田37,836ha、畑59,973ha、計97,809ha    
      1893 (明治26年)          
      1894 (明治27年) ・日清戦争(〜'95)        
      1895 (明治28年)          
      1896 (明治29年) ・河川法制定        
      1897 (明治30年) ・砂防法・森林法を公布        
      1898 (明治31年)          
      1899 (明治32年) ・耕地整理法公布   ・享保用水路改築着工*2
・前田一歩園用水路工事着工(〜'01)
   
      1900 (明治33年)          
      1901 (明治34年)          
      1902 (明治35年) ・日英同盟成立
・北海道土巧組合法公布
       
      1903 (明治36年)          
      1904 (明治37年) ・日露戦争(〜'05)        
      1905 (明治38年) ・耕地整理法改正(灌漑排水の追加)        
      1906 (明治39年)          
      1907 (明治40年) ・耕地整理研究会(後の農業土木学会)発足        
      1908 (明治41年)          
      1909 (明治42年) ・耕地整理法改正(開墾・地目変換を認め、耕地整理組合を法人化)        
      1910 (明治43年) ・韓国併合        
      1911 (明治44年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1912 (大正元年)     ・高木原開墾用水幹線完成*2    
      1913 (大正2年) ・北海道大冷害 ・二原開田給水事業着手、翌年にかけ高木原・薩摩原着手 ・二原開田給水事業着工(190町、〜'15)    
      1914 (大正3年) ・第一次世界大戦勃発
・耕地整理法改正(目的に埋立・干拓を追加)
       
      1915 (大正4年)          
      1916 (大正5年)   ・国鉄宮崎・都城間開通 ・薩摩原開田用水路及び頭首工竣工*2    
      1917 (大正6年) ・米価高騰        
      1918 (大正7年) ・富山県下で米騒動、以後1道3府32県に波及 ・延岡で米騒動
・「新しき村」開村
     
      1919 (大正8年) ・都市計画法公布   ・杉安堰木工沈床堰に改築    
      1920 (大正9年) ・第1回国勢調査実施(総人口7698万人、内地5596万人)        
      1921 (大正10年) ・米穀法公布        
      1922 (大正11年)          
      1923 (大正12年) ・関東大震災 ・日豊本線全通 ・三ヶ所耕地整理組合用水路着工    
      1924 (大正13年)   ・宮崎高等農林学校設置      
      1925 (大正14年) ・普通選挙法(男子)公布        
      1926 (大正15年) ・自作農創設維持補助規則制定公布        
   


  1926 (昭和元年)          
      1927 (昭和2年) ・金融恐慌起こり、休業銀行続出
・丹後地震
       
      1928 (昭和3年) ・普通選挙による最初の衆議院議員総選挙        
      1929 (昭和4年) ・世界的経済大恐慌
・農業土木学会(後の農業農村工学会)創立
       
      1930 (昭和5年) ・昭和恐慌
・農業恐慌、農村の危機深刻化する
       
      1931 (昭和6年) ・満州事変起こる
・北海道、東北に冷害、未曾有の大凶作
       
      1932 (昭和7年) ・第1次上海事変
・5.15事件
・時局匡救耕地関係農業土木事業発足
       
      1933 (昭和8年) ・国際連盟脱退
・米穀統制法公布
・三陸地震大津波
       
      1934 (昭和9年) ・満州国帝政実施(皇帝溥儀)
・室戸台風
       
      1935 (昭和10年)          
      1936 (昭和11年) ・2.26事件        
      1937 (昭和12年) ・廬溝橋事件(日中戦争開始)        
      1938 (昭和13年) ・国家総動員法公布
・農地調整法公布
       
      1939 (昭和14年) ・第2次世界大戦はじまる        
      1940 (昭和15年) ・米穀管理規則により統制   ・国営高鍋川南農地開発事業着工(〜'59)※    
      1941 (昭和16年) ・農地開発法公布、農地開発営団設立
・太平洋戦争開始
  ・川南原開拓用水路新設*2    
      1942 (昭和17年) ・食糧管理法公布(供出配給強化)        
      1943 (昭和18年)          
      1944 (昭和19年)          
      1945 (昭和20年) ・広島、長崎に原爆投下
・ポツダム宣言受諾、終戦
・緊急開拓事業実施要領制定
・延岡市・都城市・宮崎市大空襲
・枕崎台風
・茶白原(牧場)開拓*2    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1946 (昭和21年) ・農地改革
・自作農創設特別措置法制定
・農地調整法改正
・地方農地事務局設置
  ・小林(牧場)開拓用水着工*2    
      1947 (昭和22年) ・日本国憲法施行
・農業協同組合法公布
  ・霧島山麓開拓用水施設着工*2    
      1948 (昭和23年) ・建設省設置        
      1949 (昭和24年) ・土地改良法公布
・ドッジ勧告による均衡予算実施
  ・一ッ瀬川金丸堰用水(第二次)*2    
      1950 (昭和25年) ・朝鮮戦争勃発
・国土総合開発法公布
       
      1951 (昭和26年) ・積雪寒冷地単作地帯振興臨時措置法公布   ・庄内川沿岸用水(合口)と杉安堰用水*2    
      1952 (昭和27年) ・農地法公布   ・丸山開拓水利施設新設着工*2
・木崎干拓*2
   
      1953 (昭和28年) ・北九州及び和歌山県に大水害        
      1954 (昭和29年)          
      1955 (昭和30年) ・愛知用水公団、農地開発機械公団設立 ・上椎葉ダム完成      
      1956 (昭和31年)          
      1957 (昭和32年) ・八郎潟干拓事業開始        
      1958 (昭和33年)     ・国営綾川農業水利事業着工(〜'70)※
・古賀根橋ダム完成※
   
      1959 (昭和34年) ・伊勢湾台風   ・青鹿溜池完成※    
      1960 (昭和35年) ・所得倍増計画
・食糧増産対策事業から農業基盤整備事業に名称変え
       
      1961 (昭和36年) ・農業基本法制定
・水資源開発公団法公布(設立は'62)
       
      ・耕地面積、田3,414,000ha、畑2,719,000ha、計6,136,000ha   ・田52,700ha、畑52,400ha、計105,100ha    
      1962 (昭和37年)          
      1963 (昭和38年) ・団体営圃場整備事業の創設        
      1964 (昭和39年) ・東京オリンピック
・八郎潟大潟村誕生
・改正河川法公布
・大淀川総合開発事業本格着手(〜'67)      
      1965 (昭和40年)          
      1966 (昭和41年) ・土地改良長期計画(1次)        
      1967 (昭和42年) ・公害対策基本法公布        
      1968 (昭和43年)   ・2.21 えびの地震、住宅の全半壊は4944戸      
      1969 (昭和44年) ・米の生産制限始まる(開田抑制措置)
・農業振興地域の整備に関する法律公布
・農道舗装事業の創設
・公害防止条例制定      
      1970 (昭和45年)          
      1971 (昭和46年) ・政府米の買入制限導入
・沖縄返還
・環境庁発足
・日本カーフェリー就航(細島・川崎間)、宮崎カーフェリー就航(細島・神戸間) ・国営美々津農地開発事業着工(〜'84)※    
      1972 (昭和47年) ・土地改良法改正
・農村基盤総合整備パイロット事業の創設
  ・国営一ツ瀬川農業水利事業着工(〜'85)※    
      1973 (昭和48年) ・第一次石油ショック
・土地改良長期計画(2次)  
       
      1974 (昭和49年) ・国土利用長期計画法公布
・国土庁発足
       
      1975 (昭和50年)     ・国営綾川施設整備事業着工(〜'80)※    
      1976 (昭和51年) ・土地改良法改正        
      1977 (昭和52年)          
      1978 (昭和53年) ・農林省、農林水産省に省名変更   ・国営大淀川左岸農業水利事業着工(〜'07)※    
      1979 (昭和54年) ・第二次石油ショック
・国営農地防災排水事業の創設
       
      1980 (昭和55年)     ・東原調整池完成※    
      1981 (昭和56年) ・食糧管理法の改正 ・九州縦貫自動車道えびの・宮崎間全通 ・国営大淀川右岸農業水利事業着工(〜'07)※    
      1982 (昭和57年)          
      1983 (昭和58年) ・土地改良長期計画(3次)
・日本海中部地震
       
      1984 (昭和59年) ・農業振興地域の整備に関する法律と土地改良法の改正
・118品目の関税引き下げなど対外経済対策を決定
       
      1985 (昭和60年)          
      1986 (昭和61年) ・21世紀へ向けての農政の基本方向        
      1987 (昭和62年) ・水田農業確立対策決定   ・国営都城盆地農業水利事業着工(〜'09)※    
      1988 (昭和63年) ・日米牛肉オレンジ問題、GATTでの紛争解決へ
・青函トンネル、瀬戸大橋開通
・宮崎・日南海岸リゾート構想にリゾート法適用 ・国営高鍋川南施設整備事業着工(〜'92)※    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮崎県の歴史 宮崎県の水土整備の歴史    
   


  1989 (平成元年)          
      1990 (平成2年)          
      1991 (平成3年) ・農業農村整備事業と事業名変わる        
      1992 (平成4年)          
      1993 (平成5年) ・環境基本法案決定
・北日本中心に大冷害、作況指数74、冷害対策として米の緊急輸入
  ・国営尾鈴農業水利事業着工※    
      1994 (平成6年) ・ウルグアイ・ラウンド農業合意関連対策大綱を決定        
      1995 (平成7年) ・阪神・淡路大震災 ・九州縦貫自動車道人吉・えびの間開通      
      1996 (平成8年)     ・国営西諸農業水利事業着工※
・緑資源機構 都城農用地等整備事業(〜03')※
   
      1997 (平成9年) ・環境影響評価法(環境アセス法)公布 ・台風19号来週,戦後最大の被害      
      1998 (平成10年) ・中央省庁等改革基本法成立        
      1999 (平成11年) ・食料・農業・農村基本法成立        
      2000 (平成12年) ・食料・農業・農村基本計画閣議決定   ・広沢ダム完成※    
      2001 (平成13年)     ・国営綾川二期施設整備事業着工(〜'10)
・天神ダム完成※
   
      2002 (平成14年)          
      2003 (平成15年)          
      2004 (平成16年) ・中越地震        
      2005 (平成17年)          
      ・耕地面積、2,556,000ha、畑2,136,000ha、計4,692,000ha   ・田38,100ha、畑32,100ha、計70,200ha    
      2006 (平成18年)          
      2007 (平成19年) ・中越沖地震        
      2008 (平成20年) ・岩手・宮城内陸地震        
      2009 (平成21年)     ・木之川内ダム完成※    
      2010 (平成22年)          
      2011 (平成23年) ・東日本大震災 3.11 東北地方太平洋沖地震(死者・不明者18,617人(H24.11.14警察庁)、津波による農地の流失・冠水等被害推定面積23,600ha(H23.3.29農林水産省))        
      2012 (平成24年)          
      2013 (平成25年)          
                     
        <参考文献>          
        *1 「疏水百選」(2006年)(全国土地改良事業団体連合会)        
        *2 「日本水利施設進展の研究」(1958年)(牧 隆泰著、土木雑誌社)      
        *3 「明治前日本土木史」(1956年)(日本学術振興会、日本学士院日本科学史刊行会)      
        *4 「農業土木史」(1979年)((社)農業土木学会)        
        *5 「明治以前日本土木史」(1936年)(土木学会編、岩波書店)        
        ※ 「各地方農政局ホームページ」等より抜粋        
           なお、「水土整備の歴史」欄で無印の事業等は「宮崎県土地改良史」(1978年)より抜粋      
           また、宮崎県の歴史は「宮崎県の歴史」(1999年)(山川出版社)より抜粋      
                     
                     
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