水土の礎,サイトマップ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                平成24年12月21日更新      
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      -7000 (縄文時代)            
      -5500 (縄文時代)   ・円筒土器文化が繁栄し、三内丸山遺跡などが残される        
        -400 (縄文時代)            
      前1世紀 (弥生時代) ・近畿まで稲作が北進する ・田舎館村垂柳遺跡などでも水田稲作農耕が行われる        
      3世紀 (弥生時代) ・稲作の北進 本州北端(青森)まで          
      239 (3世紀) ・邪馬台国卑弥呼[親魏倭王]の称号受ける          
      300 (4世紀頃)            
      500 (6世紀当初)            
      645 (大化元年) ・大化の改新          
      646 (大化2年) ・班田収授の法を制定          
  ・公地公民制を宣言    
  ・租・庸・調を定める    
        694 (持統8年) ・藤原京に遷都          
        701 (大宝元年) ・大宝律令          
        702 (大宝2年)            
      710 (和銅3年) ・平城京に遷都          
      715 (霊亀元年)            
      722 (養老6年) ・墾田100万町歩の開墾を計画する          
      723 (養老7年) ・墾田の開発をすすめ、用益の年限をきめる(三世一身法)          
        741 (天平13年)            
        743 (天平15年) ・墾田を私財とする事を許す(墾田永世私有令)          
        746 (天平18年)            
        757 (天平宝字元年)            
        765 (天平神護元年) ・寺院以外の墾田開発を禁止          
        784 (延暦3年) ・長岡京に遷都          
      794 (延暦13年) ・平安京に遷都          
      821 (弘仁12年) ・空海、満濃池を作る          
      902 (延喜2年) ・延喜の荘園整理令          
      927 (延長5年) ・『延喜式』完成          
           平安時代 ・平安中期の耕地面積862,767町   ・陸奥国:耕地51,440町(岩手・宮城・福島県を含む)      
        1017 (寛仁元年) ・藤原道長が太政大臣となる          
        1045 (寛徳2年) ・寛徳の荘園整理令          
        1051 (永承6年)   ・この年、前九年合戦勃発        
        1055 (天喜3年)            
        1062 (康平5年) ・前九年の役平定(安部氏亡ぶ) ・源頼義、阿倍貞任を討つ、前九年合戦終わる        
        1069 (延久元年) ・延久の荘園整理令          
        1083 (永保3年)   ・この年、後三年合戦始まる        
        1086 (応徳3年) ・白河上皇、院政を始める          
        1087 (寛治元年) ・後三年の役平定 ・源義家、清原武衡を金沢柵に討つ、後3年合戦終わる        
        1156 (保元元年) ・保元の乱          
        1159 (平治元年) ・平治の乱          
        1167 (仁安2年) ・平清盛、太政大臣となる          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1183 (寿永2年)            
      1185 (文治元年) ・守護、地頭を設置          
      1192 (建久3年) ・源頼朝、征夷大将軍となる          
      1200 (正治2年)            
        1221 (承久3年) ・承久の乱          
        1232 (貞永元年) ・北条泰時、関東御成敗式目(貞永式目)制定          
        1274 (文永11年) ・文永の役[蒙古襲来]          
        1281 (弘安4年) ・弘安の役[蒙古襲来]          
        1297 (永仁5年) ・永仁の徳政令発布          
        1333 (元弘3年) ・鎌倉幕府滅亡          
      1334 (建武元年) ・建武の中興 ・北畠顕家、津軽に下向        
・津軽地方の争乱ほぼおさまる  
      1336 (建武3年) ・後醍醐天皇、吉野に移る(南北朝分裂)          
      1338 (延元3年) ・足利尊氏、征夷大将軍となる          
        1340 (暦応3年)            
        1368 (応安元年) ・足利義満、征夷大将軍となる          
        1392 (明徳3年) ・南北朝の合一          
        1428 (正長元年) ・正長の土一揆          
        1443 (嘉吉3年)            
        1467 (応仁元年) ・応仁の乱起こる          
        1488 (長享2年) ・加賀一向一揆          
           室町時代 ・室町期の耕地面積854,791町   ・陸奥国:耕地45,077町(青森・宮城・福島県を含む)      
        1506 (永正3年)            
        1543 (天文12年) ・種子島に鉄砲伝来          
        1573 (天正元年) ・室町幕府滅びる          
      1577 (天正5年)     ・広須野開拓(西津軽郡)*5      
      1581 (天正9年)            
      1582 (天正10年) ・本能寺の変          
・太閤検地始まる(〜'98)    
      1585 (天正13年) ・豊臣秀吉、関白となる          
      1588 (天正16年) ・刀狩、封建的身分制、兵農分離          
      1590 (天正18年)            
        1594 (文禄3年)            
        1596 (慶長元年)     ・慶長年間:藤崎堰(南津軽郡)*5      
        1597 (慶長2年)            
        1598 (慶長3年)            
        1599 (慶長4年)            
        1600 (慶長5年) ・関ヶ原の戦い          
        1601 (慶長6年)            
        1602 (慶長7年)            
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1603 (慶長8年) ・徳川家康、征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開く          
      1604 (慶長9年)            
      1605 (慶長10年)            
      1606 (慶長11年)            
        1607 (慶長12年)            
        1608 (慶長13年)            
        1609 (慶長14年)            
        1610 (慶長15年)            
        1611 (慶長16年)            
        1612 (慶長17年)            
        1613 (慶長18年)     ・受命堀(南津軽郡)*5      
        1614 (慶長19年) ・大阪冬の陣          
        1615 (元和元年) ・大阪夏の陣 ・南部凶作、津軽大凶作 ・元和年間:角左衛門堰(北津軽郡、数十町)、野崎開拓(北津軽郡)、佐太郎堰(北津軽郡)*5      
  ・武家諸法度、禁中並公家諸法度を定める  
        1616 (元和2年)            
        1617 (元和3年)            
        1618 (元和4年)            
        1619 (元和5年)            
        1620 (元和6年)     ・深浦・沢辺・柏木新田(西津軽郡)*5      
        1621 (元和7年)            
        1622 (元和8年)            
        1623 (元和9年)            
        1624 (寛永元年)     ・寛永年間:小阿弥堰(北津軽郡、数百町)*5      
        1625 (寛永2年)   ・幕府、津軽から江戸への廻船運航を許可、弘前藩、江戸御膳米輸送を開始        
        1626 (寛永3年)            
        1627 (寛永4年)            
        1628 (寛永5年)            
        1629 (寛永6年)            
        1630 (寛永7年)            
        1631 (寛永8年)            
        1632 (寛永9年)            
        1633 (寛永10年)            
        1634 (寛永11年)            
        1635 (寛永12年)            
        1636 (寛永13年)            
        1637 (寛永14年)            
        1638 (寛永15年)            
        1639 (寛永16年) ・鎖国令          
        1640 (寛永17年)            
        1641 (寛永18年)            
        1642 (寛永19年)            
        1643 (寛永20年) ・田畑永代売買禁止令          
        1644 (正保元年)            
        1645 (正保2年)            
        1646 (正保3年)            
        1647 (正保4年)            
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1648 (慶安元年)            
      1649 (慶安2年) ・地方五役5人組制度          
      1650 (慶安3年)            
         江戸時代前期     ・弘前藩4万石      
        1651 (慶安4年)            
        1652 (承応元年)            
        1653 (承応2年) ・幕府、玉川上水開削を許し、費用を与える          
        1654 (承応3年)            
        1655 (明暦元年)            
        1656 (明暦2年)            
        1657 (明暦3年)            
        1658 (万冶元年)            
        1659 (万冶2年)            
        1660 (万冶3年)            
        1661 (寛文元年)            
        1662 (寛文2年)            
        1663 (寛文3年)            
        1664 (寛文4年)   ・幕府、南部重信に8万石を与えて盛岡藩主とし、同直房に2万石を与えて八戸藩主とする ・蓬田新田(東津軽郡)*5      
        1665 (寛文5年)            
        1666 (寛文6年) ・山川掟の発令   ・田光沼排水・岩木川及び五郎袋開鑿(北津軽郡)*5      
        1667 (寛文7年)     ・浜新田(上北郡)*5      
        1668 (寛文8年)            
        1669 (寛文9年)            
        1670 (寛文10年)            
        1671 (寛文11年)            
        1672 (寛文12年)   ・弘前藩、初めて大阪へ城米を直接廻送する ・五所川原開墾(北津軽郡)*5      
        1673 (延宝元年)     ・水主新田・沖新田(北津軽郡)*5      
        1674 (延宝2年) ・分地制限法   ・武田源左衛門開墾(北津軽郡、6万石)*5      
        1675 (延宝3年)     ・下小田川開拓(北津軽郡)*5      
        1676 (延宝4年)     ・広須及び五所川原新田(北津軽郡、3千石)*5      
        1677 (延宝5年)            
        1678 (延宝6年)            
        1679 (延宝7年)            
        1680 (延宝8年)            
        1681 (天和元年)            
        1682 (天和2年)            
        1683 (天和3年)            
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1684 (貞享元年) ・河村瑞賢、淀川下流の治水事業に着手(〜'85)   ・成田開墾(中津軽郡)*5      
      1685 (貞享2年)     ・鶴岡開墾(北津軽郡、3千石)*5      
      1686 (貞享3年)            
      1687 (貞享4年) ・田畑永代売買禁止を再令する          
        1688 (元禄元年)            
        1689 (元禄2年)     ・支丹沼埋立(北津軽郡)*5      
        1690 (元禄3年)            
        1691 (元禄4年)            
        1692 (元禄5年)            
        1693 (元禄6年)            
        1694 (元禄7年)            
        1695 (元禄8年)   ・南部・津軽領とも大凶作、南部領の餓死者4〜5万人余、津軽領3万人余        
        1696 (元禄9年) ・宮崎安貞「農業全書」刊   ・木造新田(西津軽郡)*5      
        1697 (元禄10年)            
        1698 (元禄11元年)            
        1699 (元禄12年)            
        1700 (元禄13年)            
        1701 (元禄14年)            
        1702 (元禄15年)            
        1703 (元禄16年)   ・凶作で八戸藩の餓死・離散者1万6700人、盛岡藩1万3600人        
        1704 (宝永元年) ・大和川の付替工事開始   ・大野・沖館新田(東津軽郡、100余町)*5      
  広須新田(西津軽郡、8,300余町(20余年間で))*5  
        1705 (宝永2年) ・大和川旧河道新田開発   ・市川新田(三戸郡)*5      
        1706 (宝永3年)     ・金木新田(北津軽郡、524町)*5      
        1707 (宝永4年) ・富士山噴火、宝永山できる          
        1708 (宝永5年) ・貝原益軒『大和本草』          
        1709 (宝永6年) ・新井白石を登用する          
        1710 (宝永7年)            
        1711 (正徳元年)            
        1712 (正徳2年)            
        1713 (正徳3年)     ・竹鼻、下福原、加福開墾(西津軽郡)*5      
        1714 (正徳4年)            
        1715 (正徳5年)            
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1716 (享保元年) ・徳川吉宗、第8代将軍となる          
      1717 (享保2年)            
      1718 (享保3年)            
      1719 (享保4年)            
        1720 (享保5年)            
        1721 (享保6年) ・目安箱の設置          
        1722 (享保7年) ・新田開発の奨励          
        1723 (享保8年)            
        1724 (享保9年)            
        1725 (享保10年)            
        1726 (享保11年) ・新田検地条目の制定          
        1727 (享保12年)     ・冨萢村開墾(東津軽郡)*5      
        1728 (享保13年)   ・南部領連日の降雨で不作        
  ・八戸領河川洪水で凶作  
        1729 (享保14年)            
        1730 (享保15年)            
        1731 (享保16年)            
        1732 (享保17年) ・山陽・南海・西海・畿内蝗害のため大飢饉          
        1733 (享保18年)            
        1734 (享保19年)            
        1735 (享保20年) ・幕府、米価下落を防ぐため最低価格を決める          
        1736 (元文元年)            
        1737 (元文2年)            
        1738 (元文3年)            
        1739 (元文4年)            
        1740 (元文5年)            
        1741 (寛保元年)            
        1742 (寛保2年)            
        1743 (寛保3年)            
        1744 (延享元年)            
        1745 (延享2年)            
        1746 (延享3年)            
        1747 (延享4年)            
        1748 (寛延元年)            
        1749 (寛延2年) ・定免制を全面的に施行          
        1750 (寛延3年)            
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
         江戸時代中頃 ・江戸中期の耕地面積:田1,695,923町、畑1,417,074町、計3,013,546町   ・陸奥国:田183,647町、畑154,102町、計337,749町(岩手・宮城・福島県を含む)      
      1751 (宝暦元年)            
      1752 (宝暦2年)            
      1753 (宝暦3年)            
        1754 (宝暦4年)            
        1755 (宝暦5年) ・木曽川の治水工事完成 ・南部・八戸・津軽領とも大凶作・飢餓、盛岡藩の餓死者約6万人、八戸藩数千人        
        1756 (宝暦6年)            
        1757 (宝暦7年)            
        1758 (宝暦8年)            
        1759 (宝暦9年)            
        1760 (宝暦10年)            
        1761 (宝暦11年)            
        1762 (宝暦12年)            
        1763 (宝暦13年)            
        1764 (明和元年)            
        1765 (明和2年)            
        1766 (明和3年)   ・津軽領内最大の地震(明和の大地震)        
        1767 (明和4年)            
        1768 (明和5年)            
        1769 (明和6年)            
        1770 (明和7年)            
        1771 (明和8年)            
        1772 (安永元年) ・田沼意次、老中となる          
        1773 (安永2年)            
        1774 (安永3年)            
        1775 (安永4年)            
        1776 (安永5年)            
        1777 (安永6年)            
        1778 (安永7年)     ・久慈沢移住開墾(東津軽郡)*5      
        1779 (安永8年)            
        1780 (安永9年)            
        1781 (天明元年)     ・天明年間:大堰及び待田堰(三戸郡、70町)*5      
        1782 (天明2年) ・下総印旛沼干拓に着手          
  ・瀬戸内・九州など大凶荒    
        1783 (天明3年) ・浅間山大噴火 ・天明大飢饉、南部・津軽領ともに死者多数        
  ・冷害のため諸国大飢饉  
        1784 (天明4年) ・この春夏諸国飢饉、農民流亡のため農村荒廃 ・大凶作により前年9月から6月まで弘前藩の餓死者8万人、天明3〜4年まで八戸藩3万人以上、天明4年に盛岡藩で6万4000人余        
        1785 (天明5年) ・奥羽飢餓          
        1786 (天明6年) ・下総手賀沼開発に着手するも、間もなく中止          
  ・老中田沼意次失脚    
  ・諸国大凶作    
        1787 (天明7年) ・松平定信、老中就任          
  ・寛政の改革が始まる  
        1788 (天明8年)            
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1789 (寛政元年) ・囲米の制を定める          
      1790 (寛政2年)   ・八戸藩、荒田開発に着手        
      1791 (寛政3年)            
      1792 (寛政4年)            
        1793 (寛政5年)            
        1794 (寛政6年)            
        1795 (寛政7年)            
        1796 (寛政8年)            
        1797 (寛政9年)            
        1798 (寛政10年)            
        1799 (寛政11年)            
        1800 (寛政12年) ・伊能忠敬、蝦夷地を測量する ・伊能忠敬、青森地方を測量し、三厩から松前に渡る        
        1801 (享和元年)     ・享和文化の頃:大開開墾(北津軽郡、10町)*5      
        1802 (享和2年)            
        1803 (享和3年)            
        1804 (文化元年)     ・文化年間:又十郎開墾(北津軽郡)*5      
        1805 (文化2年)            
        1806 (文化3年)            
        1807 (文化4年)            
        1808 (文化5年)   ・盛岡藩、封地20万石、同時に弘前藩10万石に昇格        
        1809 (文化6年)            
        1810 (文化7年)            
        1811 (文化8年)            
        1812 (文化9年)            
        1813 (文化10年)            
        1814 (文化11年)            
        1815 (文化12年)            
        1816 (文化13年)            
        1817 (文化14年) 『農具便利論』          
        1818 (文政元年)            
        1819 (文政2年)            
        1820 (文政3年)            
        1821 (文政4年) ・伊能忠敬、『大日本沿海実測地図』完成          
        1822 (文政5年)     ・藤兵衛堰(東津軽郡)*5      
        1823 (文政6年)     ・十三湖畔開墾(北津軽郡、2,200余町)*5      
        1824 (文政7年)            
        1825 (文政8年)     ・嘉瀬村開墾(北津軽郡、90余町)*5      
        1826 (文政9年)            
        1827 (文政10年)            
        1828 (文政11年)            
        1829 (文政12年)            
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1830 (天保元年)            
      1831 (天保2年) ・諸国石高を調査する          
      1832 (天保3年)   ・盛岡・八戸・津軽領とも凶作・飢餓、盛岡藩領の減収15万5000石、八戸藩領1万1000石(天保大飢饉、'36を除き'39まで)        
      1833 (天保4年) ・この冬、風水害により奥羽・関東飢饉          
        1834 (天保5年) ・諸国飢饉          
        1835 (天保6年)            
        1836 (天保7年) ・諸国飢饉、奥羽地方最も甚だしく死者10万人に及ぶ          
        1837 (天保8年) ・大塩平八郎の乱          
  ・この春、諸国飢餓、餓死多数    
        1838 (天保9年)            
        1839 (天保10年) ・この年、奥羽飢饉、死者・流民多数          
        1840 (天保11年)            
        1841 (天保12年) ・天保改革はじまる          
        1842 (天保13年)            
        1843 (天保14年) ・印旛沼開墾開始          
        1844 (弘化元年) ・印旛沼開墾中止   ・深持開墾(上北郡、282町)*5      
        1845 (弘化2年)            
        1846 (弘化3年)            
        1847 (弘化4年) ・信州大地震(善光寺地震)          
        1848 (嘉永元年)            
        1849 (嘉永2年)            
        1850 (嘉永3年)            
        1851 (嘉永4年)            
        1852 (嘉永5年)            
        1853 (嘉永6年) ・ペリー浦賀来航 ・三閉伊大一揆 ・繁田村外六ヶ村新田(西津軽郡、78町)*5      
        1854 (安政元年) ・日米和親条約   ・安政年間:治慶開墾(北津軽郡)*5      
        1855 (安政2年) ・江戸大地震(安政の大地震) ・新渡戸伝、三本木新田の御用掛となる、三本木原開拓の水路穴堰工事に着手        
        1856 (安政3年)   ・盛岡・八戸両藩の領内一帯に大地震、八戸に津波襲来(安政の八戸地震) ・八戸市市川尻引谷地が開拓*5      
  ・豊富新田(西津軽郡、200町)*5  
  ・又右衛門堰(上北郡、160町)*5  
        1857 (安政4年)            
        1858 (安政5年) ・日米修好通商条約          
        1859 (安政6年)            
        1860 (万延元年) ・桜田門外の変   ・三本木開墾(上北郡、3千石)*5      
        1861 (文久元年)            
        1862 (文久2年)            
        1863 (文久3年)            
        1864 (元冶元年) ・禁門の変、第1次長州征伐          
        1865 (慶応元年)            
        1866 (慶応2年) ・薩長同盟、第2次長州征伐          
        1867 (慶応3年) ・大政奉還、王政復古宣言          
        1868 (慶応4年) ・鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争起こる)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1868 (明治元年) ・明治維新          
      1869 (明治2年) ・東京遷都          
・版籍奉還    
・開拓使設置    
        1870 (明治3年) ・勧農局(翌年、開墾局に改称)を設ける          
        1871 (明治4年) ・戸籍法を定める ・藩を廃止し弘前県を設置        
  ・廃藩置県 ・弘前県を青森県と改称、県庁が青森へ移転  
  ・田畑勝手作許可    
        1872 (明治5年) ・田畑売買禁止の解除          
        1873 (明治6年) ・徴兵令・地租改正条例を公布          
  ・内務省設置    
        1874 (明治7年) ・北海道屯田兵制度を設ける          
        1875 (明治8年)   ・県庁構内にブドウ・リンゴの苗木を植える        
        1876 (明治9年)            
        1877 (明治10年) ・地租軽減(地価の3%から2.5%に)          
  ・西南戦争    
        1878 (明治11年)            
        1879 (明治12年) ・国営安積疏水猪苗代湖開墾事業に着工(〜'82)          
        1880 (明治13年) ・区町村会法制定施行          
        1881 (明治14年) ・農商務省設置          
  ・大日本農会創立    
        1882 (明治15年) ・日本銀行開業          
        1883 (明治16年)            
        1884 (明治17年)            
        1885 (明治18年) ・太政官制を廃止(内閣制度を樹立)          
        1886 (明治19年)            
        1887 (明治20年) ・石川県石川郡上安原村で石川式区画整理を開始          
        1888 (明治21年) ・市制及び町村制を公布          
        1889 (明治22年) ・大日本帝国憲法発布          
  ・東海道本線全通    
        1890 (明治23年) ・水利組合条例・公有水面埋立法公布          
        1891 (明治24年) ・濃尾大地震 ・日本鉄道、青森・上野間開通        
        1892 (明治25年)            
        ・耕地面積、田2,805,212ha、畑2,307,956ha、計5,113,168ha   ・田57,296ha、畑52,979ha、計110,275ha      
        1893 (明治26年)            
        1894 (明治27年) ・日清戦争(〜'95)          
        1895 (明治28年)            
        1896 (明治29年) ・河川法制定 ・5.28 三陸大津波で死者345人        
        1897 (明治30年) ・砂防法・森林法を公布          
        1898 (明治31年)     ・三本木開墾水路、水路トンネル延長工事*2      
        1899 (明治32年) ・耕地整理法公布          
        1900 (明治33年)            
        1901 (明治34年)            
        1902 (明治35年) ・日英同盟成立          
  ・北海道土巧組合法公布    
        1903 (明治36年)            
        1904 (明治37年) ・日露戦争(〜'05)          
        1905 (明治38年) ・耕地整理法改正(灌漑排水の追加)   ・耕地整理事業着手(青森県第1号、下北郡川内村30町余)      
        1906 (明治39年)            
        1907 (明治40年) ・耕地整理研究会(後の農業土木学会)発足          
        1908 (明治41年)   ・青函連絡船に比羅夫丸就航        
        1909 (明治42年) ・耕地整理法改正(開墾・地目変換を認め、耕地整理組合を法人化)          
        1910 (明治43年) ・韓国併合          
        1911 (明治44年)            
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1912 (大正元年)            
      1913 (大正2年) ・北海道大冷害          
      1914 (大正3年) ・第一次世界大戦勃発          
・耕地整理法改正(目的に埋立・干拓を追加)    
        1915 (大正4年)            
        1916 (大正5年)            
        1917 (大正6年) ・米価高騰          
        1918 (大正7年) ・富山県下で米騒動、以後1道3府32県に波及          
        1919 (大正8年) ・都市計画法公布          
        1920 (大正9年) ・第1回国勢調査実施(総人口7698万人、内地5596万人)          
        1921 (大正10年) ・米穀法公布          
        1922 (大正11年)            
        1923 (大正12年) ・関東大震災          
        1924 (大正13年)     ・浅瀬石川用水改良事業着工(〜'30)      
  ・大穴池(南津軽郡)*2  
        1925 (大正14年) ・普通選挙法(男子)公布          
        1926 (大正15年) ・自作農創設維持補助規則制定公布   ・馬渕川用水改良事業着工(〜'27)      
      1926 (昭和元年)            
      1927 (昭和2年) ・金融恐慌起こり、休業銀行続出   ・山田川沿岸(第1次)排水改良事業着工(〜'30)      
・丹後地震   ・山田川沿岸(第2次)排水改良事業着工(〜'37)  
      1928 (昭和3年) ・普通選挙による最初の衆議院議員総選挙          
        1929 (昭和4年) ・世界的経済大恐慌          
  ・農業土木学会(後の農業農村工学会)創立    
        1930 (昭和5年) ・昭和恐慌          
  ・農業恐慌、農村の危機深刻化する    
        1931 (昭和6年) ・満州事変起こる          
  ・北海道、東北に冷害、未曾有の大凶作    
        1932 (昭和7年) ・第1次上海事変   ・奈良寛溜池築造事業着工(〜'34)      
  ・5.15事件    
  ・時局匡救耕地関係農業土木事業発足    
        1933 (昭和8年) ・国際連盟脱退 ・3.3 三陸地震による大津波で死者・行方不明者31人 ・沼頭溜池築造事業着工(〜'34)      
  ・米穀統制法公布  
  ・三陸地震大津波  
        1934 (昭和9年) ・満州国帝政実施(皇帝溥儀)          
  ・室戸台風    
        1935 (昭和10年)     ・駒込川用水改良事業着工(〜'40)      
        1936 (昭和11年) ・2.26事件   ・中の川沿岸下流部排水改良事業着工(〜'39)      
    ・県営沖浦ダム着手(コンクリート直線式重力ダム、全国初の多目的ダム)(〜'45)  
        1937 (昭和12年) ・廬溝橋事件(日中戦争開始) ・三本木原の国営開墾起工 ・国営三本木農地開発事業着工(〜'66)※      
  ・不動池、五所川原堰用水改修*2  
        1938 (昭和13年) ・国家総動員法公布   ・奥瀬堰用水改良事業着工(〜'43)      
  ・農地調整法公布   ・坂詰川沿岸用水改良事業着工  
        1939 (昭和14年) ・第2次世界大戦はじまる   ・小金沢溜池用水改良事業着工(〜'45)      
        1940 (昭和15年) ・米穀管理規則により統制          
        1941 (昭和16年) ・農地開発法公布、農地開発営団設立   ・鳥谷川沿岸排水改良事業着工(〜'46)      
  ・太平洋戦争開始   ・嘉瀬中川排水改良事業着工(〜'48)  
        1942 (昭和17年) ・食糧管理法公布(供出配給強化) ・藤坂1号、奨励品種となる        
        1943 (昭和18年)     ・国営西津軽農業水利事業着工(〜'68)※      
  ・小戸大池増築*2  
        1944 (昭和19年)            
        1945 (昭和20年) ・広島、長崎に原爆投下 ・青森・八戸・三沢など空襲を受ける        
  ・ポツダム宣言受諾、終戦  
  ・緊急開拓事業実施要領制定  
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 青森県の歴史 青森県の水土整備の歴史      
      1946 (昭和21年) ・農地改革   ・後藤川沿岸用水改良事業着工(〜'49)      
・自作農創設特別措置法制定   ・稲垣村外1ヶ村用水改良事業着工(〜'51)  
・農地調整法改正   ・三好村外1ヶ村排水改良事業着工(〜'49)  
・地方農地事務局設置   ・古田放川沿岸排水改良事業着工(〜'50)  
        1947 (昭和22年) ・日本国憲法施行   ・五所川原堰用水改良事業着工(〜'49)      
  ・農業協同組合法公布   ・後長根川沿岸排水改良事業着工(〜'55)  
        1948 (昭和23年) ・建設省設置   ・国営十三湖干拓事業着工(〜'69)※      
    ・川内村外1ヶ村用水改良事業着工(〜'50)  
    ・大光寺堰用水改良事業着工(〜'51)  
    ・車力村排水改良事業着工(〜'49)  
    ・出崎放川沿岸排水改良事業着工(〜'49)  
    ・砂土路川沿岸排水改良事業着工(〜'50)  
        1949 (昭和24年) ・土地改良法公布          
  ・ドッジ勧告による均衡予算実施    
        1950 (昭和25年) ・朝鮮戦争勃発   ・武田村用水改良事業着工(〜'51)      
  ・国土総合開発法公布   ・相坂平用水改良事業着工(〜'53)  
      ・五郷村外2ヶ村用水改良事業着工(〜'56)  
      ・平川沿岸用水改良事業着工(〜'63)  
      ・四和村外2ヶ村防災溜池事業着工(〜'60)  
        1951 (昭和26年) ・積雪寒冷地単作地帯振興臨時措置法公布   ・五所川原堰用水改良事業着工(〜'53)      
        1952 (昭和27年) ・農地法公布   ・駒越村外4ヶ村用水改良事業着工(〜'55)      
    ・越水村排水改良事業着工(〜'55)  
        1953 (昭和28年) ・北九州及び和歌山県に大水害   ・青女子用水改良事業着工(〜'59)      
    ・枝川鶴田用水改良事業着工(〜'65)  
        1954 (昭和29年)            
        1955 (昭和30年) ・愛知用水公団、農地開発機械公団設立   ・国営上北農地開発事業着工(〜'63)※      
        1956 (昭和31年)     ・下長用水改良事業着工(〜'62)      
        1957 (昭和32年) ・八郎潟干拓事業開始   ・稲生川用水改良事業着工(〜'63)      
        1958 (昭和33年)     ・大畑用水改良事業着工(〜'66)      
        1959 (昭和34年) ・伊勢湾台風   ・天間林用水改良事業着工(〜'70)      
        1960 (昭和35年) ・所得倍増計画 ・チリ地震津波で八戸市の民家や漁船が被害を受ける ・熊原川防災溜池事業着工(〜'67)      
  ・食糧増産対策事業から農業基盤整備事業に名称変え  
        1961 (昭和36年) ・農業基本法制定   ・牛鍵用水改良事業着工(〜'67)      
  ・水資源開発公団法公布(設立は'62)    
        ・耕地面積、田3,414,000ha、畑2,719,000ha、計6,136,000ha   ・田86,100ha、畑80,900ha、計167,000ha      
        1962 (昭和37年)     ・国営岩木山麓農地開発事業着工(〜'68)※      
        1963 (昭和38年) ・団体営圃場整備事業の創設   ・淋代平用水改良事業着工(〜'69)      
    ・五戸川防災溜池事業着工(〜'71)  
    ・仏沼干拓事業着工(〜'70)  
    ・大川平農地開発事業着工(〜'70)  
        1964 (昭和39年) ・東京オリンピック   ・田山堰用水改良事業着工(〜'71)      
  ・八郎潟大潟村誕生   ・発茶沢農地開発事業着工(〜'71)  
  ・改正河川法公布   ・淋代平農地開発事業着工(〜'69)  
        1965 (昭和40年)     ・福館放排水改良事業着工(〜'71)      
    ・第二和平農地開発事業着工(〜'68)  
    ・正道尻農地開発事業着工(〜'69)  
    ・八甲田農地開発事業着工(〜'69)  
    ・大戸瀬農地開発事業着工(〜'69)  
        1966 (昭和41年) ・土地改良長期計画(1次)   ・国営小田川農業水利事業着工(〜'89)※      
    ・熊原川防災溜池事業着工(〜'73)  
    ・吉野田農地開発事業着工(〜'69)  
    ・枦作農地開発事業着工(〜'69)  
        1967 (昭和42年) ・公害対策基本法公布   ・国営西津軽第二農業水利事業着工(〜'80)※      
    ・新小戸六ダム完成※  
    ・西津軽用水改良事業着工(〜'88)  
    ・荒屋平用水改良事業着工(〜'72)  
    ・大黒森農地開発事業着工(〜'70)  
    ・晴山農地開発事業着工(〜'70)  
    ・風合瀬農地開発事業着工(〜'70)  
    ・沼館農地開発事業着工(〜'72)  
    ・第二鍋田農地開発事業着工(〜'71)  
        1968 (昭和43年)   ・5.16 十勝沖地震で県南地方に被害 ・相坂平用水改良事業着工(〜'74)      
  ・五戸川防災溜池事業着工(〜'87)  
  ・上ノ平農地開発事業着工(〜'71)  
  ・畏木追良瀬農地開発事業着工(〜'73)  
        1969 (昭和44年) ・米の生産制限始まる(開田抑制措置)   ・国営平川農業水利事業着工(〜'88)※      
  ・農業振興地域の整備に関する法律公布   ・小田川用排水改良事業着工  
  ・農道舗装事業の創設   ・七戸川防災溜池事業着工(〜'83)  
      ・大久保平農地開発事業着工(〜'73)  
        1970 (昭和45年)     ・奥瀬塚用水改良事業着工(〜'78)      
    ・中平農地開発事業着工(〜'75)  
    ・牡丹平農地開発事業着工(〜'79)  
    ・屏風山広域農道(〜'74)  
        1971 (昭和46年) ・政府米の買入制限導入   ・国営浪岡川農業水利事業着工(〜'88)※      
  ・沖縄返還   ・平川用排水改良事業着工  
  ・環境庁発足   ・大光寺用水改良事業着工(〜'87)  
        1972 (昭和47年) ・土地改良法改正   ・国営屏風山農地開発事業着工(〜'90)※      
  ・農村基盤総合整備パイロット事業の創設   ・入内川排水改良事業着工(〜'81)  
      ・早川排水改良事業着工(〜'78)  
      ・七戸川防災溜池事業着工  
        1973 (昭和48年) ・第一次石油ショック   ・浪岡川下流排水改良事業着工      
  ・土地改良長期計画(2次)     ・砂沢用排水改良事業着工(〜'78)  
      ・高舘農地開発事業着工(〜'79)  
        1974 (昭和49年) ・国土利用長期計画法公布   神明川原用水改良事業着工(〜'83)      
  ・国土庁発足