水土の礎 サイトマップ
 
                   
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
       
 
       
                 
                 
                平成24年12月21日更新    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   
  -7000 (縄文時代)          
      -400 (縄文時代)          
   





  前1世紀 (弥生時代) ・近畿まで稲作が北進する ・富沢遺跡で水田作られる      
      3世紀 (弥生時代) ・稲作の北進 本州北端(青森)まで        
      239 (3世紀) ・邪馬台国卑弥呼[親魏倭王]の称号受ける        
      300 (4世紀頃)          
      500 (6世紀当初)          
      645 (大化元年) ・大化の改新        
      646 (大化2年) ・班田収授の法を制定
・公地公民制を宣言
・租・庸・調を定める
       
      675 (天武4年)          
      692 (持統6年)          
      694 (持統8年) ・藤原京に遷都        
      701 (大宝元年) ・大宝律令        
      702 (大宝2年)          
      707 (慶雲4年)   ・陸奥国信太郡見える      
   


  710 (和銅3年) ・平城京に遷都        
      715 (霊亀元年)   ・板東6カ国の富民1000戸を陸奥国に移民
・この頃、黒川以北10郡を置く
     
      718 (養老2年)          
      722 (養老6年) ・墾田100万町歩の開墾を計画する        
      723 (養老7年) ・墾田の開発をすすめ、用益の年限をきめる(三世一身法)        
      724 (神亀元年)   ・多賀城を設置、鎮守将軍を置き鎮兵制がはじまる      
      741 (天平13年)          
      743 (天平15年) ・墾田を私財とする事を許す(墾田永世私有令)        
      746 (天平18年)          
      757 (天平宝字元年)          
      765 (天平神護元年) ・寺院以外の墾田開発を禁止        
      768 (神護景雲2年)   ・伊冶・桃生への移民を募る      
      784 (延暦3年) ・長岡京に遷都        
   


  794 (延暦13年) ・平安京に遷都        
      802 (延暦21年)   ・この頃、鎮守府を多賀城から胆沢城へ移す      
      821 (弘仁12年) ・空海、満濃池を作る        
      869 (貞観11年)   ・陸奥国大地震、多賀城の城下に津波来襲し、建物倒壊す      
      902 (延喜2年) ・延喜の荘園整理令        
      927 (延長5年) ・『延喜式』完成        
         平安時代 ・平安中期の耕地面積862,767町   ・陸奥国:耕地51,440町(青森・岩手・福島県を含む)    
      1017 (寛仁元年) ・藤原道長が太政大臣となる        
      1045 (寛徳2年) ・寛徳の荘園整理令        
      1051 (永承6年)   ・この年、源頼義、陸奥守となり、前九年合戦始まる      
      1062 (康平5年) ・前九年の役平定(安部氏亡ぶ) ・源頼義、安倍貞任を厨川柵に討ち、前九年合戦終わる      
      1069 (延久元年) ・延久の荘園整理令        
      1083 (永保3年)   ・この年、後三年合戦始まる      
      1086 (応徳3年) ・白河上皇、院政を始める        
      1087 (寛治元年) ・後三年の役平定 ・源義家、清原家武衡を出羽国金沢柵に討ち、後三年合戦終わる      
      1156 (保元元年) ・保元の乱        
      1159 (平治元年) ・平治の乱        
      1167 (仁安2年) ・平清盛、太政大臣となる        
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1183 (寿永2年)          
      1185 (文治元年) ・守護、地頭を設置        
      1192 (建久3年) ・源頼朝、征夷大将軍となる        
      1201 (建仁元年)     ・建仁年間:三迫川馬場堰    
      1221 (承久3年) ・承久の乱        
      1232 (貞永元年) ・北条泰時、関東御成敗式目(貞永式目)制定        
      1264 (文永元年)     ・文永年間:舘前大堰開削(加美郡)    
      1274 (文永11年) ・文永の役[蒙古襲来]        
      1281 (弘安4年) ・弘安の役[蒙古襲来]        
      1297 (永仁5年) ・永仁の徳政令発布        
      1333 (元弘3年) ・鎌倉幕府滅亡        
   


  1334 (建武元年) ・建武の中興        
      1336 (建武3年) ・後醍醐天皇、吉野に移る(南北朝分裂)        
      1338 (延元3年) ・足利尊氏、征夷大将軍となる        
      1368 (応安元年) ・足利義満、征夷大将軍となる        
      1392 (明徳3年) ・南北朝の合一        
      1428 (正長元年) ・正長の土一揆        
      1467 (応仁元年) ・応仁の乱起こる        
      1488 (長享2年) ・加賀一向一揆        
         室町時代 ・室町期の耕地面積854,791町   ・陸奥国:耕地45,077町(青森・岩手・福島県を含む)    
      1506 (永正3年)          
      1543 (天文12年) ・種子島に鉄砲伝来        
      1573 (天正元年) ・室町幕府滅びる   ・天正年間:八志田堰(黒川郡)*5    
   





  1581 (天正9年)          
      1582 (天正10年) ・本能寺の変
・太閤検地始まる(〜'98)
       
      1585 (天正13年) ・豊臣秀吉、関白となる        
      1588 (天正16年) ・刀狩、封建的身分制、兵農分離        
      1590 (天正18年)   ・豊臣秀吉、会津黒川城に着く、奥羽仕置令を発す      
      1591 (天正19年)   ・伊達政宗、葛西・大崎一揆の討伐に向かう
・政宗、本領の一部を没収され、かわりに葛西・大崎領を与えられ、岩出山に入る
・岩出山大堰用水路内川開削    
      1592 (文禄元年)     ・鹿又村開墾(桃生郡)*5    
      1596 (慶長元年)          
      1597 (慶長2年)          
      1598 (慶長3年)          
      1599 (慶長4年)          
      1600 (慶長5年) ・関ヶ原の戦い ・政宗、千代城を仙台と改め居城に決め、仙台城の縄張を行う      
      1601 (慶長6年)   ・政宗、仙台に移る ・木引堀開削(阿武隈川〜名取川間)    
      1602 (慶長7年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1603 (慶長8年) ・徳川家康、征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開く        
      1604 (慶長9年)          
      1605 (慶長10年)          
      1606 (慶長11年)          
      1607 (慶長12年)          
      1608 (慶長13年)          
      1609 (慶長14年)          
      1610 (慶長15年)          
      1611 (慶長16年)          
      1612 (慶長17年)          
      1613 (慶長18年)   ・支倉常長、慶長遣欧使節(〜'20)      
      1614 (慶長19年) ・大阪冬の陣        
      1615 (元和元年) ・大阪夏の陣
・武家諸法度、禁中並公家諸法度を定める
       
      1616 (元和2年)          
      1617 (元和3年)     ・柳津大溜池築造、中津山大野谷地の500町の開拓を可能にした    
      1618 (元和4年)          
      1619 (元和5年)          
      1620 (元和6年)   ・この頃、仙台藩の江戸廻米始まる      
      1621 (元和7年)     ・若柳の野谷地300町歩開発に着手
・後藤江が宮沢領土の新田開発はじめる
   
      1622 (元和8年)          
      1623 (元和9年)   ・この頃、川村孫兵衛重吉、北上川改修工事に着手      
      1624 (寛永元年)     ・寛永年間:淺水村・登米村開墾(登米郡、80町)*5    
      1625 (寛永2年)          
      1626 (寛永3年)          
      1627 (寛永4年)          
      1628 (寛永5年)          
      1629 (寛永6年)     ・広瀬川四ッ谷堰開削    
      1630 (寛永7年)          
      1631 (寛永8年)          
      1632 (寛永9年)     ・橋浦村及び中津山村開墾(桃生郡、300余町)*5
・井戸浜新田開発
   
      1633 (寛永10年)          
      1634 (寛永11年)          
      1635 (寛永12年)     ・貝堀沼干拓(遠田郡、130町)*5    
      1636 (寛永13年)   ・伊達政宗死去      
      1637 (寛永14年)          
      1638 (寛永15年)     ・北郷村江尻閘門工事着手    
      1639 (寛永16年) ・鎖国令        
      1640 (寛永17年)   ・藩、総検地を始める ・志田堰(上川原堰)掘削    
      1641 (寛永18年)          
      1642 (寛永19年)     ・藤田新田(宮城郡)    
      1643 (寛永20年) ・田畑永代売買禁止令        
      1644 (正保元年)   ・この頃、仙台藩は国絵図を作成し幕府に提出 ・和淵村新田(桃生郡)*5    
      1645 (正保2年)          
      1646 (正保3年)   ・4.26 大地震あり、城の石垣崩れる ・伊豆野堰(栗原郡)*5    
      1647 (正保4年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1648 (慶安元年)          
      1649 (慶安2年) ・地方五役5人組制度        
      1650 (慶安3年)          
         江戸時代前期     ・仙台藩56万石、岩沼藩3万石    
      1651 (慶安4年)     ・板倉堰(栗原郡)開削    
      1652 (承応元年)          
      1653 (承応2年) ・幕府、玉川上水開削を許し、費用を与える        
      1654 (承応3年)          
      1655 (明暦元年)     ・荒川堰(志田郡、灌漑面積300余町)*5
・明暦年間:竹之入溜池(伊具郡)、和淵村新田(桃生郡)*5
   
      1656 (明暦2年)          
      1657 (明暦3年)          
      1658 (万冶元年)          
      1659 (万冶2年)          
      1660 (万冶3年)   ・この頃、塩釜・蒲生間の運河開削に着手      
      1661 (寛文元年)     ・寛文年間:遠藤溜池・前谷地堀(伊具郡)*5    
      1662 (寛文2年)          
      1663 (寛文3年)     ・鹿又村開墾(桃生郡)*5    
      1664 (寛文4年)     ・鹿又村に嘉右衛門堀開削    
      1665 (寛文5年)     ・広淵沼を設ける    
      1666 (寛文6年) ・山川掟の発令        
      1667 (寛文7年)          
      1668 (寛文8年)          
      1669 (寛文9年)          
      1670 (寛文10年)          
      1671 (寛文11年)   ・河村瑞賢、東廻海運を刷新      
      1672 (寛文12年)          
      1673 (延宝元年)     ・延宝年間:上銀溜池(伊具郡)*5
・延宝年間:鹿島堰開削
   
      1674 (延宝2年) ・分地制限法        
      1675 (延宝3年)          
      1676 (延宝4年)          
      1677 (延宝5年)          
      1678 (延宝6年)          
      1679 (延宝7年)          
      1680 (延宝8年)          
      1681 (天和元年)          
      1682 (天和2年)          
      1683 (天和3年)     ・赤生津開墾(寛文7年から天和3年に田450町・畑50町開墾)    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1684 (貞享元年) ・河村瑞賢、淀川下流の治水事業に着手(〜'85)   ・貞享年間:里の入溜池(伊具郡)*5
・迫川の三方島に土手を築く
   
      1685 (貞享2年)     ・亘理郡(十二ヵ村)の用水のため堰堀を開削    
      1686 (貞享3年)          
      1687 (貞享4年) ・田畑永代売買禁止を再令する        
      1688 (元禄元年)     ・元禄年間:鞍坪隧道(遠田郡)*5    
      1689 (元禄2年)          
      1690 (元禄3年)     ・大北溜池(伊具郡)*5    
      1691 (元禄4年)          
      1692 (元禄5年)          
      1693 (元禄6年)   ・この年、品井沼開墾に着手      
      1694 (元禄7年)     ・三迫川、軽辺堰開発    
      1695 (元禄8年)          
      1696 (元禄9年) ・宮崎安貞「農業全書」刊   ・伊豆沼、長沼の干拓に着手    
      1697 (元禄10年)          
      1698 (元禄11元年)          
      1699 (元禄12年)          
      1700 (元禄13年)     ・板倉堰(栗原郡)*5
・北根堰完成
   
      1701 (元禄14年)          
      1702 (元禄15年)     ・品井沼干拓(宮城郡)*5    
      1703 (元禄16年)          
      1704 (宝永元年) ・大和川の付替工事開始        
      1705 (宝永2年) ・大和川旧河道新田開発        
      1706 (宝永3年)          
      1707 (宝永4年) ・富士山噴火、宝永山できる        
      1708 (宝永5年) ・貝原益軒『大和本草』        
      1709 (宝永6年) ・新井白石を登用する        
      1710 (宝永7年)          
      1711 (正徳元年)     ・正徳年間:桑折江堰、鳴瀬川の水揚げ用水    
      1712 (正徳2年)          
      1713 (正徳3年)          
      1714 (正徳4年)          
      1715 (正徳5年)     ・長沼用水工事着工    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1716 (享保元年) ・徳川吉宗、第8代将軍となる        
      1717 (享保2年)          
      1718 (享保3年)     ・四谷堰(宮城郡、灌漑面積500余町)*5    
      1719 (享保4年)          
      1720 (享保5年)          
      1721 (享保6年) ・目安箱の設置        
      1722 (享保7年) ・新田開発の奨励   ・蟹甲羅新堰完成    
      1723 (享保8年)          
      1724 (享保9年)          
      1725 (享保10年)          
      1726 (享保11年) ・新田検地条目の制定        
      1727 (享保12年)     ・遠田用水堰完成    
      1728 (享保13年)          
      1729 (享保14年)          
      1730 (享保15年)          
      1731 (享保16年)          
      1732 (享保17年) ・山陽・南海・西海・畿内蝗害のため大飢饉        
      1733 (享保18年)          
      1734 (享保19年)          
      1735 (享保20年) ・幕府、米価下落を防ぐため最低価格を決める        
      1736 (元文元年)          
      1737 (元文2年)          
      1738 (元文3年)     ・中田沼溜池(登米郡、353町)*5    
      1739 (元文4年)          
      1740 (元文5年)          
      1741 (寛保元年)          
      1742 (寛保2年)          
      1743 (寛保3年)     ・品井沼潜穴の浚渫工事(第2次工事)    
      1744 (延享元年)          
      1745 (延享2年)     ・品井沼潜穴第3回改修    
      1746 (延享3年)          
      1747 (延享4年)          
      1748 (寛延元年)          
      1749 (寛延2年) ・定免制を全面的に施行        
      1750 (寛延3年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


     江戸時代中頃 ・江戸中期の耕地面積:田1,695,923町、畑1,417,074町、計3,013,546町   ・陸奥国:田183,647町、畑154,102町、計337,749町(青森・岩手・福島県を含む)    
      1751 (宝暦元年)          
      1752 (宝暦2年)          
      1753 (宝暦3年)          
      1754 (宝暦4年)          
      1755 (宝暦5年) ・木曽川の治水工事完成 ・この年、天候不順のため大飢饉となる      
      1756 (宝暦6年)          
      1757 (宝暦7年)          
      1758 (宝暦8年)          
      1759 (宝暦9年)          
      1760 (宝暦10年)          
      1761 (宝暦11年)          
      1762 (宝暦12年)          
      1763 (宝暦13年)          
      1764 (明和元年)          
      1765 (明和2年)          
      1766 (明和3年)          
      1767 (明和4年)          
      1768 (明和5年)          
      1769 (明和6年)          
      1770 (明和7年)          
      1771 (明和8年)     ・江合川筋の右京江堰    
      1772 (安永元年) ・田沼意次、老中となる        
      1773 (安永2年)          
      1774 (安永3年)          
      1775 (安永4年)          
      1776 (安永5年)          
      1777 (安永6年)          
      1778 (安永7年)          
      1779 (安永8年)          
      1780 (安永9年)          
      1781 (天明元年)          
      1782 (天明2年) ・下総印旛沼干拓に着手
・瀬戸内・九州など大凶荒
       
      1783 (天明3年) ・浅間山大噴火
・冷害のため諸国大飢饉
・藩、損亡高56万5200石と幕府に報告
・この年、飢饉のため死者多し
・工藤平助『赤蝦夷風説考』を著す
     
      1784 (天明4年) ・この春夏諸国飢饉、農民流亡のため農村荒廃        
      1785 (天明5年) ・奥羽飢餓        
      1786 (天明6年) ・下総手賀沼開発に着手するも、間もなく中止
・老中田沼意次失脚
・諸国大凶作
・この年、大洪水・大凶作、窮民に施米・施金を行う      
      1787 (天明7年) ・松平定信、老中就任
・寛政の改革が始まる
       
      1788 (天明8年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1789 (寛政元年) ・囲米の制を定める        
      1790 (寛政2年)          
      1791 (寛政3年)          
      1792 (寛政4年)          
      1793 (寛政5年)          
      1794 (寛政6年)          
      1795 (寛政7年)          
      1796 (寛政8年)          
      1797 (寛政9年)   ・仙北諸郡に百姓一揆おこる(寛政の大一揆)      
      1798 (寛政10年)          
      1799 (寛政11年)          
      1800 (寛政12年) ・伊能忠敬、蝦夷地を測量する        
      1801 (享和元年)          
      1802 (享和2年)          
      1803 (享和3年)          
      1804 (文化元年)          
      1805 (文化2年)          
      1806 (文化3年)          
      1807 (文化4年)   ・この年、品井沼浚渫工事に着手 ・品井沼潜穴の一大工事(第4次工事)    
      1808 (文化5年)          
      1809 (文化6年)          
      1810 (文化7年)          
      1811 (文化8年)          
      1812 (文化9年)          
      1813 (文化10年)          
      1814 (文化11年)          
      1815 (文化12年)          
      1816 (文化13年)          
      1817 (文化14年) 『農具便利論』        
      1818 (文政元年)     ・文政年間:五間堀・堰掘(柴田郡)、中島及び中野村開墾(桃生郡)*5
・文政年間:棒目木堰(熊ケ根用水)開削
   
      1819 (文政2年)          
      1820 (文政3年)          
      1821 (文政4年) ・伊能忠敬、『大日本沿海実測地図』完成        
      1822 (文政5年)          
      1823 (文政6年)          
      1824 (文政7年)          
      1825 (文政8年)          
      1826 (文政9年)          
      1827 (文政10年)          
      1828 (文政11年)          
      1829 (文政12年)          
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1830 (天保元年)          
      1831 (天保2年) ・諸国石高を調査する   ・青木川開墾(桃生郡)*5
・弾正新田開拓(若柳村)
   
      1832 (天保3年)     ・青木沢開墾(遠田郡)*5    
      1833 (天保4年) ・この冬、風水害により奥羽・関東飢饉 ・藩、損亡高を75万9300石と幕府に報告      
      1834 (天保5年) ・諸国飢饉        
      1835 (天保6年)          
      1836 (天保7年) ・諸国飢饉、奥羽地方最も甚だしく死者10万人に及ぶ ・この年、大飢饉、死者多数でる      
      1837 (天保8年) ・大塩平八郎の乱
・この春、諸国飢餓、餓死多数
       
      1838 (天保9年)          
      1839 (天保10年) ・この年、奥羽飢饉、死者・流民多数        
      1840 (天保11年)          
      1841 (天保12年) ・天保改革はじまる   ・品井沼第5次の潜穴及び河身の浚渫工事    
      1842 (天保13年)          
      1843 (天保14年) ・印旛沼開墾開始        
      1844 (弘化元年) ・印旛沼開墾中止        
      1845 (弘化2年)   ・藩、損亡高67万8567石と幕府に報告      
      1846 (弘化3年)          
      1847 (弘化4年) ・信州大地震(善光寺地震)        
      1848 (嘉永元年)          
      1849 (嘉永2年)          
      1850 (嘉永3年)          
      1851 (嘉永4年)     ・鎌田堀(志田郡)*5    
      1852 (嘉永5年)          
      1853 (嘉永6年) ・ペリー浦賀来航 ・藩、損亡高68万7300石と幕府に報告
・南部藩農民、仙台藩に逃散
     
      1854 (安政元年) ・日米和親条約        
      1855 (安政2年) ・江戸大地震(安政の大地震)        
      1856 (安政3年)          
      1857 (安政4年)          
      1858 (安政5年) ・日米修好通商条約 ・7月頃、領内にコレラ流行      
      1859 (安政6年)   ・藩、損亡高70万1376石と幕府に報告      
      1860 (万延元年) ・桜田門外の変        
      1861 (文久元年)     ・品井沼第6次潜穴の浚渫工事    
      1862 (文久2年)          
      1863 (文久3年)          
      1864 (元冶元年) ・禁門の変、第1次長州征伐        
      1865 (慶応元年)          
      1866 (慶応2年) ・薩長同盟、第2次長州征伐        
      1867 (慶応3年) ・大政奉還、王政復古宣言        
      1868 (慶応4年) ・鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争起こる) ・奥羽越列藩同盟結成
・仙台藩降伏
     
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1868 (明治元年) ・明治維新 ・仙台藩新知28万石に削封      
      1869 (明治2年) ・東京遷都
・版籍奉還
・開拓使設置
       
      1870 (明治3年) ・勧農局(翌年、開墾局に改称)を設ける ・この年、旧藩士の帰農を強制施行      
      1871 (明治4年) ・戸籍法を定める
・廃藩置県
・田畑勝手作許可
・岩出山伊達家家臣団の北海道移住はじまる
・仙台県・一関県成立
     
      1872 (明治5年) ・田畑売買禁止の解除 ・仙台県を宮城県と改称      
      1873 (明治6年) ・徴兵令・地租改正条例を公布
・内務省設置
       
      1874 (明治7年) ・北海道屯田兵制度を設ける        
      1875 (明治8年)     ・名取川〜七北田川間の新堀を開削    
      1876 (明治9年)   ・明治天皇、宮城県巡行
・現在の宮城県域が成立
     
      1877 (明治10年) ・地租軽減(地価の3%から2.5%に)
・西南戦争
       
      1878 (明治11年)   ・政府、野蒜築港に着手 ・失業士族対策の緊急開拓(加美郡王城寺原864町、刈田郡宮村原野953町、牡鹿郡大街道荒蕪地254町、亘理郡吉田長瀞荒無地58町、玉造郡鍛冶屋敷原野130町、宮城郡愛子原17町)    
      1879 (明治12年) ・国営安積疏水猪苗代湖開墾事業に着工(〜'82)        
      1880 (明治13年) ・区町村会法制定施行   ・オランダ人土木技師ファンドールン来県、品井沼排水工事に示唆を与える    
      1881 (明治14年) ・農商務省設置
・大日本農会創立
       
      1882 (明治15年) ・日本銀行開業        
      1883 (明治16年)          
      1884 (明治17年)     ・金山町内沼開墾(伊具郡)    
      1885 (明治18年) ・太政官制を廃止(内閣制度を樹立)        
      1886 (明治19年)     ・泉口堰(内親堰)及び用水路を改修し、白石川から導水    
      1887 (明治20年) ・石川県石川郡上安原村で石川式区画整理を開始 ・第二高等中学校(のち第二高等学校)創立
・東北本線上野・仙台・塩釜間開通
・貞山堀の改修掘削完成    
      1888 (明治21年) ・市制及び町村制を公布        
      1889 (明治22年) ・大日本帝国憲法発布
・東海道本線全通
・貞山堀の改修掘削完成 ・船岡、大河原の用水路開削事業(六沼干拓事)はじまる    
      1890 (明治23年) ・水利組合条例・公有水面埋立法公布 ・東北本線、仙台・一関間開通 ・伊豆野堰大改修(コンクリート工法による欧法造りとする)
・江合川明治水門完成
   
      1891 (明治24年) ・濃尾大地震   ・江尻閘門大工事をおこす    
      1892 (明治25年)     ・遠桃事件おこる(水争い)    
      ・耕地面積、田2,805,212ha、畑2,307,956ha、計5,113,168ha   ・田80,485ha、畑38,650ha、計119,135ha    
      1893 (明治26年)          
      1894 (明治27年) ・日清戦争(〜'95) ・蔵王山噴火      
      1895 (明治28年)          
      1896 (明治29年) ・河川法制定 ・6.15 三陸沿岸に大津波、家屋約1万3000戸が流失      
      1897 (明治30年) ・砂防法・森林法を公布        
      1898 (明治31年)          
      1899 (明治32年) ・耕地整理法公布   ・千代久保水門起工(遠田郡、〜'01)    
      1900 (明治33年)     ・岩地蔵用水(亘理郡)*2    
      1901 (明治34年)     ・増田町田高上原沼において耕地整理事業着工(名取郡、県内第1号、12.4町)    
      1902 (明治35年) ・日英同盟成立
・北海道土巧組合法公布
       
      1903 (明治36年)          
      1904 (明治37年) ・日露戦争(〜'05)        
      1905 (明治38年) ・耕地整理法改正(灌漑排水の追加) ・この年、東北大凶作(宮城県87%減収)      
      1906 (明治39年)   ・品井沼干拓工事着工 ・角田用水及び廃沼干拓着手(灌漑面積1500町、干拓150町、〜'07)    
      1907 (明治40年) ・耕地整理研究会(後の農業土木学会)発足 ・東北帝国大学設置 ・中田沼干拓完成、郡営で用水を北上川から蒸気機関揚水とする(登米郡、461町、〜'12)    
      1908 (明治41年)          
      1909 (明治42年) ・耕地整理法改正(開墾・地目変換を認め、耕地整理組合を法人化)        
      1910 (明治43年) ・韓国併合 ・豪雨により県下水害被害甚大      
      1911 (明治44年)     ・品井沼排水工事完工    
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1912 (大正元年)     ・中田沼干拓事業完工    
      1913 (大正2年) ・北海道大冷害        
      1914 (大正3年) ・第一次世界大戦勃発
・耕地整理法改正(目的に埋立・干拓を追加)
       
      1915 (大正4年)     ・登米郡高石、蒸気機関排水機設置    
      1916 (大正5年)     ・北上川分流施設工事着工(〜'32)    
      1917 (大正6年) ・米価高騰        
      1918 (大正7年) ・富山県下で米騒動、以後1道3府32県に波及 ・蔵王山噴火
・仙台・石巻・桶谷に米騒動おこる
     
      1919 (大正8年) ・都市計画法公布   ・寺崎、埣の2揚水機場設置し、北上川の用水確保(桃生郡)    
      1920 (大正9年) ・第1回国勢調査実施(総人口7698万人、内地5596万人)        
      1921 (大正10年) ・米穀法公布 ・この年、広瀬沼干拓に着手(〜'33) ・県営事業として広渕沼干拓事業着工(685町、〜'28)
・若柳町新山に県下初の電動揚水機設置、赤井堀中流に揚水機場設置(桃生郡)
   
      1922 (大正11年)          
      1923 (大正12年) ・関東大震災   ・旧迫川、短台谷地干拓着手    
      1924 (大正13年)     ・石越村北郷鹿沼干拓(40町)
・五ヶ村堀改修(登米郡)
   
      1925 (大正14年) ・普通選挙法(男子)公布   ・落堀沿岸排水改良事業着工(〜'35)    
      1926 (大正15年) ・自作農創設維持補助規則制定公布        
   


  1926 (昭和元年)          
      1927 (昭和2年) ・金融恐慌起こり、休業銀行続出
・丹後地震
  ・伊豆沼沿岸排水改良事業着工(〜'33)
・内川尾袋川沿岸排水改良事業着工(〜'33)
   
      1928 (昭和3年) ・普通選挙による最初の衆議院議員総選挙   ・澄川用水改良事業着工(〜'32)    
      1929 (昭和4年) ・世界的経済大恐慌
・農業土木学会(後の農業農村工学会)創立
  ・槻木町用水改良事業着工(〜'31)
・古川沿岸排水改良事業着工(〜'33)
・夏川沿岸排水改良事業着工(〜'36)
   
      1930 (昭和5年) ・昭和恐慌
・農業恐慌、農村の危機深刻化する
       
      1931 (昭和6年) ・満州事変起こる
・北海道、東北に冷害、未曾有の大凶作
・東北地方は冷害により翌年にかけて飢饉、失業問題が深刻化      
      1932 (昭和7年) ・第1次上海事変
・5.15事件
・時局匡救耕地関係農業土木事業発足
  ・貞山堀沿岸排水改良事業着工(〜'35)    
      1933 (昭和8年) ・国際連盟脱退
・米穀統制法公布
・三陸地震大津波
・3.3 三陸沿岸に大地震、津波の被害甚大 ・大江堀沿岸用水改良事業着工(〜'33)
・鳩原用水改良事業着工(〜'35)
・遠田・桃生・牡鹿三郡用排水改良事業着工(〜'36)
   
      1934 (昭和9年) ・満州国帝政実施(皇帝溥儀)
・室戸台風
  ・吉田川沿岸用水改良事業着工(〜'52)    
      1935 (昭和10年)     ・七北田川沿岸用水改良事業着工(〜'48)
・鳴瀬川沿岸用水改良事業着工(〜'37)
・宝江排水改良事業着工(〜'36)
・迫川沿岸排水改良事業着工(〜'36)
・五間堀沿岸排水改良事業着工(〜'36)
   
      1936 (昭和11年) ・2.26事件   ・田尻川沿岸排水改良事業着工(〜'52)
・船岡用水改良事業着工(〜'36)
   
      1937 (昭和12年) ・廬溝橋事件(日中戦争開始) ・仙山線が全線が開通 ・皿貝川沿岸排水改良事業着工(〜'43)    
      1938 (昭和13年) ・国家総動員法公布
・農地調整法公布
  ・長沼用水改良事業着工(〜'52)    
      1939 (昭和14年) ・第2次世界大戦はじまる   ・広瀬川沿岸用水改良事業着工(〜'48)
・蕪栗沼干拓事業着工(〜'42)
   
      1940 (昭和15年) ・米穀管理規則により統制   ・品井沼干拓事業着工(〜'49)    
      1941 (昭和16年) ・農地開発法公布、農地開発営団設立
・太平洋戦争開始
  ・涌谷町外一ヶ村排水改良事業着工(〜'48)
・嘉右衛門堀沿岸排水改良事業着工(〜'46)
・豊里村用水改良事業着工(〜'43)
・伊豆沼(1)干拓事業着工(〜'48)
   
      1942 (昭和17年) ・食糧管理法公布(供出配給強化)   ・亘理用水改良事業着工(〜'48)    
      1943 (昭和18年)     ・宿の沢池*2
・小山田川沿岸用水改良事業着工(〜'49)
   
      1944 (昭和19年)          
      1945 (昭和20年) ・広島、長崎に原爆投下
・ポツダム宣言受諾、終戦
・緊急開拓事業実施要領制定
・仙台空襲、以後、県内で空襲続く ・生出開墾事業着工(〜'57)
・青葉山開墾事業着工(〜'66)
・秋保開墾事業着工(〜'62)
・西壇原開墾事業着工(〜'66)
・荻野開墾事業着工
・鮎川開墾事業着工(〜'64)
・川渡向山開墾事業着工(〜'67)
・大貫開墾事業着工(〜'67)
   
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1946 (昭和21年) ・農地改革
・自作農創設特別措置法制定
・農地調整法改正
・地方農地事務局設置
  ・鞍坪排水改良事業着工(〜'51)
・槻木町外3町2村用排水改良事業着工(〜'51)
・上ノ原開墾事業着工(〜'62)
・北原尾開墾事業着工(〜'67)
・土浮山開墾事業着工(〜'67)
・川内開墾事業着工(〜'67)
・本砂金開墾事業着工(〜'67)
・前川開墾事業着工(〜'66)
・塩釜開墾事業着工(〜'46)
・根白石開墾事業着工(〜'59)
・駒場開墾事業着工(〜'59)
・廣瀬開墾事業着工(〜'61)
・難波開墾事業着工(〜'67)
・富田開墾事業着工(〜'58)
・一栗真山開墾事業着工
・川渡上原開墾事業着工(〜'67)
・青木原開墾事業着工(〜'67)
・廣原村開墾事業着工(〜'66)
・大森開墾事業着工(〜'67)
・沼部開墾事業着工(〜'67)
・伊豆沼(2)干拓事業着工(〜'64)
・長沼干拓事業着工(〜'52)
   
      1947 (昭和22年) ・日本国憲法施行
・農業協同組合法公布
・農地改革、第1回の買収開始
・カスリン台風に襲われる
・国営定川農業水利事業着工(〜'70)※
・国営名鮨沼干拓事業着工(〜'70)※
・貞山堀沿岸排水改良事業着工(〜'51)
・六郷堰用水改良事業着工(〜'51)
・尾西開墾事業着工(〜'67)
・芦の口開墾事業着工(〜'47)
・鈎取開墾事業着工
・下倉開墾事業着工(〜'57)
・西原開墾事業着工(〜'64)
・小豆畑開墾事業着工(〜'67)
・耕英開墾事業着工(〜'67)
・菱の倉開墾事業着工(〜'67)
・宮沢開墾事業着工(〜'66)
・下伊場野開墾事業着工(〜'67)
・青山農場開墾事業着工
・万才山開墾事業着工(〜'67)
・前山開墾事業着工
・伊豆沼(3)干拓事業着工(〜'57)
   
      1948 (昭和23年) ・建設省設置 ・アイオン台風に襲われる ・五間堀沿岸排水改良事業着工(〜'50)
・今宿開墾事業着工(〜'67)
・浅生原開墾事業着工(〜'62)
・五沸開墾事業着工
・吉成山開墾事業着工(〜'66)
・小田清水原開墾事業着工(〜'61)
・新山開墾事業着工(〜'67)
・沢口道命開墾事業着工(〜'67)
・原開墾事業着工(〜'66)
・木通沢開墾事業着工(〜'67)
・孫沢開墾事業着工(〜'67)
・王城寺原開墾事業着工(〜'67)
・柏木原開墾事業着工(〜'67)
・大森平開墾事業着工(〜'63)
・加護峯山開墾事業着工(〜'67)
   
      1949 (昭和24年) ・土地改良法公布
・ドッジ勧告による均衡予算実施
  ・大堰用水改良事業着工(〜'51)
・砂川開墾事業着工(〜'67)
・十里平開墾事業着工(〜'65)
   
      1950 (昭和25年) ・朝鮮戦争勃発
・国土総合開発法公布
  ・飯野川町外1ヶ村排水改良事業着工(〜'51)
・鹿又排水改良事業着工(〜'52)
・石越南部排水改良事業着工(〜'53)
・太田開墾事業着工(〜'67)
・中野開墾事業着工(〜'67)
・締切沼干拓事業着工(〜'61)
・玉山防災ダム事業着工(〜'61)
   
      1951 (昭和26年) ・積雪寒冷地単作地帯振興臨時措置法公布 ・国土総合開発法による北上川特定地域の指定 ・荒川排水改良事業着工(〜'61)
・竹谷江排水改良事業着工(〜'61)
・三本木排水改良事業着工(〜'62)
・川原子用水改良事業着工(〜'68)
・三住開墾事業着工(〜'67)
・七ヶ宿開墾事業着工(〜'67)
・七日原開墾事業着工(〜'67)
・清水原開墾事業着工(〜'54)
・苦地開墾事業着工(〜'67)
・大の原開墾事業着工(〜'67)
   
      1952 (昭和27年) ・農地法公布   ・山王江排水改良事業着工(〜'60)
・石森排水改良事業着工(〜'64)
   
      1953 (昭和28年) ・北九州及び和歌山県に大水害   ・稲井用排水改良事業着工(〜'71)
・亘理排水改良事業着工(〜'69)
・船岡村外1町1ヶ村排水改良事業着工(〜'58)
・駒堂檟ヶ森開墾事業着工(〜'67)
   
      1954 (昭和29年)     ・角田排水改良事業着工(〜'60)
・中津山排水改良事業着工(〜'69)
・宮戸干拓事業着工(〜'65)
   
      1955 (昭和30年) ・愛知用水公団、農地開発機械公団設立   ・南原開墾事業着工(〜'60)    
      1956 (昭和31年)     ・若畑開墾事業着工(〜'65)
・手樽干拓事業着工(〜'68)
   
      1957 (昭和32年) ・八郎潟干拓事業開始   ・夏川用排水改良事業着工(〜'73)
・大除開墾事業着工(〜'59)
・朴の木開墾事業着工(〜'67)
   
      1958 (昭和33年)     ・五ヶ村堀排水改良事業着工(〜'68)
・桜岡開墾事業着工(〜'67)
   
      1959 (昭和34年) ・伊勢湾台風   ・国営亘理農業水利事業着工(〜'71)※
・定川排水改良事業着工(〜'67)
・槻木排水改良事業着工(〜'68)
   
      1960 (昭和35年) ・所得倍増計画
・食糧増産対策事業から農業基盤整備事業に名称変え
・5.24 チリ地震津波が三陸沿岸を襲う ・大倉用水改良事業着工(〜'67)    
      1961 (昭和36年) ・農業基本法制定
・水資源開発公団法公布(設立は'62)
  ・大原農地開発事業着工(〜'64)    
      ・耕地面積、田3,414,000ha、畑2,719,000ha、計6,136,000ha   ・田123,500ha、畑51,000ha、計174,500ha    
      1962 (昭和37年)     ・隅東排水改良事業着工(〜'79)    
      1963 (昭和38年) ・団体営圃場整備事業の創設 ・この年、「ササニシキ」米誕生 ・鶴田川用排水改良事業着工(〜'79)
・芳の平農地開発事業着工(〜'67)
   
      1964 (昭和39年) ・東京オリンピック
・八郎潟大潟村誕生
・改正河川法公布
  ・王城寺原農地開発事業着工(〜'66)
・柴田圃場整備事業着工(県内第1号、〜'71)
   
      1965 (昭和40年)     ・天ヶ岡農地開発事業着工(〜'68)
・小久保平農地開発事業着工(〜'69)
・名鰭沼干拓事業着工(〜'71)
   
      1966 (昭和41年) ・土地改良長期計画(1次)   ・国営旧迫川農業水利事業着工(〜'78)※
・国営薬莱山麓草地開発事業着工(〜'73)※
・亘理用水用水改良事業着工(〜'84)
・大堰用水改良事業着工(〜'66)
・旧笠島排水用水改良事業着工(〜'66)
・三本木(二期)排水用水改良事業着工(〜'67)
・石森排水用水改良事業着工(〜'70)
・青木原第一農地開発事業着工(〜'68)
・青木原第二農地開発事業着工(〜'69)
   
      1967 (昭和42年) ・公害対策基本法公布   ・国営名取川農業水利事業着工(〜'85)※
・上川原用水改良事業着工(〜'73)
・石越北部排水改良事業着工(〜'71)
・田中農地開発事業着工(〜'70)
・牧の崎農地開発事業着工(〜'70)
・白石大綱農地開発事業着工(〜'72)
   
      1968 (昭和43年)     ・鹿島堰用水改良事業着工(〜'76)
・田尻川用排水改良事業着工(〜'92)
・湯坪農地開発事業着工(〜'73)
・白木農地開発事業着工(〜'74)
   
      1969 (昭和44年) ・米の生産制限始まる(開田抑制措置)
・農業振興地域の整備に関する法律公布
・農道舗装事業の創設
  ・旧迫川用排水改良事業着工(〜'89)
・畑前農地開発事業着工(〜'72)
・大内農地開発事業着工(〜'72)
・村田農地開発事業着工(〜'72)
・米山農地開発事業着工(〜'73)
   
      1970 (昭和45年)     ・猪岡短台用排水改良事業着工(〜'79)
・名取川用排水改良事業着工(〜'91)
・登米吉田用排水改良事業着工(〜'90)
・中津山用水改良事業着工(〜'85)
・花笠農地開発事業着工(〜'78)
・円田農地開発事業着工(〜'79)
・広域農道川南地区着工(県内第1号、〜'73)
   
      1971 (昭和46年) ・政府米の買入制限導入
・沖縄返還
・環境庁発足
・仙台新港が開港 ・国営河南農業水利事業着工(〜'81)※
・志津川畑地帯総合土地改良事業着工(〜'84)
・塩の花農地開発事業着工(〜'79)
   
      1972 (昭和47年) ・土地改良法改正
・農村基盤総合整備パイロット事業の創設
  ・国営中田農業水利事業着工(〜'87)※
・右京江用水改良事業着工(〜'79)
・吉田浜農地開発事業着工(〜'83)
   
      1973 (昭和48年) ・第一次石油ショック
・土地改良長期計画(2次)  
       
      1974 (昭和49年) ・国土利用長期計画法公布
・国土庁発足
  ・河南用排水改良事業着工(〜'88)    
      1975 (昭和50年)     ・角田用水改良事業着工(〜'91)
・大河原用排水改良事業着工(〜'91)
・中田用排水改良事業着工(〜'95)
   
      1976 (昭和51年) ・土地改良法改正   ・国営迫川上流農業水利事業着工(〜'05)※
・南郷用排水改良事業着工(〜'92)
   
      1977 (昭和52年)     ・隈西用水改良事業着工(〜'88)
・小山田川沿岸用水改良事業着工(〜'95)
・川原子用水改良事業着工(〜'86)
   
      1978 (昭和53年) ・農林省、農林水産省に省名変更 ・6.12 宮城県沖地震、県民生活がマヒ状態になる、総被害額約2000億円
・東北自動車道の岩槻・盛岡間全通
・隈東用水改良事業着工(〜'88)    
      1979 (昭和54年) ・第二次石油ショック
・国営農地防災排水事業の創設
       
      1980 (昭和55年)   ・この年、東北地方冷害 ・皿貝川沿岸用排水改良事業着工(〜'95)    
      1981 (昭和56年) ・食糧管理法の改正   ・大嶺山農地開発事業着工(〜'87)    
      1982 (昭和57年)   ・東北新幹線、大宮・盛岡開業 ・青生用排水改良事業着工(〜'92)    
      1983 (昭和58年) ・土地改良長期計画(3次)
・日本海中部地震
       
      1984 (昭和59年) ・農業振興地域の整備に関する法律と土地改良法の改正
・118品目の関税引き下げなど対外経済対策を決定
  ・国営角田農業水利事業着工(〜'95)※
・迫川上流用水改良事業着工(〜'98)
・大谷地用排水改良事業着工(〜'95)
   
      1985 (昭和60年)   ・伊豆沼・内沼湿地のラムサール条約指定登録      
      1986 (昭和61年) ・21世紀へ向けての農政の基本方向   ・迫川上流2期用排水改良事業着工(〜'95)
・井上浦排水改良事業着工(〜'95)
・鬼首農地開発事業着工(〜'92)
   
      1987 (昭和62年) ・水田農業確立対策決定   ・国営大崎西部農業水利事業着工(〜'05)※
・迫川上流3期用水改良事業着工(〜'96)
・船岡用水改良事業着工(〜'94)
   
      1988 (昭和63年) ・日米牛肉オレンジ問題、GATTでの紛争解決へ
・青函トンネル、瀬戸大橋開通
  ・石越南部排水改良事業着工(〜'96)
・迫川上流4期用水改良事業着工(〜'96)
・大堤防災ダム事業着工(〜'92)
   
    時代   西暦(和暦) 全国の歴史 宮城県の歴史 宮城県の水土整備の歴史    
   


  1989 (平成元年)   ・仙台市が政令指定都市となる ・豊里用水改良事業着工(〜'93)
・館腰用水改良事業着工(〜'92)
   
      1990 (平成2年)     ・宮崎用水改良事業着工(〜'94)    
      1991 (平成3年) ・農業農村整備事業と事業名変わる   ・国営鳴瀬川農業水利事業着工(〜'09)※
・蛇田用水改良事業着工(〜'89)
   
      1992 (平成4年)          
      1993 (平成5年) ・環境基本法案決定
・北日本中心に大冷害、作況指数74、冷害対策として米の緊急輸入
・県全域で大冷害、作況指数37 ・国営江合川農業水利事業着工(〜'07)※    
      1994 (平成6年) ・ウルグアイ・ラウンド農業合意関連対策大綱を決定   ・国営大崎農業水利事業着工(〜'09)※    
      1995 (平成7年) ・阪神・淡路大震災   ・国営山元農地整備事業着工(〜'03)※    
      1996 (平成8年)     ・国営亘理・山元農業水利事業着工(〜'00)※
・相川ダム完成※
   
      1997 (平成9年) ・環境影響評価法(環境アセス法)公布   ・国営旧迫川施設整備事業着工(〜'99)※    
      1998 (平成10年) ・中央省庁等改革基本法成立   ・荒砥沢ダム完成※    
      1999 (平成11年) ・食料・農業・農村基本法成立        
      2000 (平成12年) ・食料・農業・農村基本計画閣議決定        
      2001 (平成13年)          
      2002 (平成14年)          
      2003 (平成15年)          
      2004 (平成16年) ・中越地震        
      2005 (平成17年)   ・蕪栗沼と周辺水田、ラムサール条約指定登録 ・小田ダム完成※    
      ・耕地面積、2,556,000ha、畑2,136,000ha、計4,692,000ha   ・田111,800ha、畑26,200ha、計138,000ha    
      2006 (平成18年)          
      2007 (平成19年) ・中越沖地震        
      2008 (平成20年) ・岩手・宮城内陸地震   ・国営中津山農業水利事業着工※    
      2009 (平成21年)     ・二ツ石ダム、岩谷堂ダム完成※    
      2010 (平成22年)          
      2011 (平成23年) ・東日本大震災 3.11 東北地方太平洋沖地震(死者・不明者18,617人(H24.11.14警察庁)、津波による農地の流失・冠水等被害推定面積23,600ha(H23.3.29農林水産省)) ・東日本大震災 3.11 東北地方太平洋沖地震(死者・不明者10,867人(H24.11.14警察庁)、津波による農地の流失・冠水等被害推定面積15,002ha(H23.3.29農林水産省))       
      2012 (平成24年)          
      2013 (平成25年)          
                     
        <参考文献>          
        *1 「疏水百選」(2006年)(全国土地改良事業団体連合会)        
        *2 「日本水利施設進展の研究」(1958年)(牧 隆泰著、土木雑誌社)      
        *3 「明治前日本土木史」(1956年)(日本学術振興会、日本学士院日本科学史刊行会)      
        *4 「農業土木史」(1979年)((社)農業土木学会)        
        *5 「明治以前日本土木史」(1936年)(土木学会編、岩波書店)        
        ※ 「各地方農政局ホームページ」等より抜粋        
           なお、「水土整備の歴史」欄で無印の事業等は「宮城県土地改良史」(2004年)より抜粋      
           また、宮城県の歴史は「宮城県の歴史」(1999年)(山川出版社)より抜粋      
                     
                     
            【水土の歴史年表】 水土の礎 Copyright (C) 2005 ARIC. All Rights Reserved.