水土の礎 キッズページ サイトマップ ご意見・お問い合せ
水土の歴史年表 地域の礎 水土の成り立ち 大地への刻印 国土を創造した人々 礎の歴史的展開 近代日本の礎 水土の巧
 
 
廃藩置県による士族の失業
 明治元年(1868)の明治維新により武家社会は終りを遂げました。同4年には廃藩置県を断行し、翌年には田畑売買禁止の解除など、封建的な土地制度を廃止、さらには同6年、地租改正が行われました。これは、これまでの年貢制度を廃止し、農民に土地の所有権を認めるとともに地価の3%を地租として納めさせるという納税の大改革でした。
 財政的基盤を失った旧藩では、士族を養いかねて農工商の職業につかせることを奨励します。また、士族結社などによる原野の開拓もあちこちで行われました。静岡の旧幕臣による牧ノ原開墾(明治2年)、山形県の庄内藩士による松ヶ岡開墾(同5年)、福島県士族による安積郡桑野村の開墾(同5年)、などはその代表的な例です。
 政府でも、明治6年(1873)より、家禄奉還を願い出た士族には就産資金や公債を保証、荒蕪地・山林等の格安払下げなどの制度を設けて士族の救済を図りました。
 当時の武士階級は約194万人を数えましたが、この制度が廃止(同8年)されるわずか2年の間に、約13万5千人もの士族が家禄を奉還したといわれています。このとき払い下げられた土地は約8万5千haにも達しました。
次のページへ