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明日を拓く大地と水 愛媛県 -国営笠岡湾干拓事業-
中四国エリア
戦後の国営事業









約30年前に現われた広大な平地



 瀬戸内海のほぼ真中に位置する岡山県笠岡市。車で数キロ走ると広島県福山市に入るこのまちは、岡山の西のはずれに位置しています。まちの中央にある小高い丘、ここはかつて瀬戸内海一体に勢力を持っていた村上水軍の居城があった場所。
 古城山とよばれるこの山の頂から北に目を向けると、いかにも密集した市街地を見ることができます。市街地のすぐ後ろには山がせまり、一見山あいの町を思わせるような風景、しかし、町のかたすみには、小型の船が停泊しており、この町が海に面していることを教えてくれます。
 一方、西に目を向けると、眼下には左右を丘陵地に挟まれた広大な平地を見渡すことができます。そこには整然と区画された農地が広がり、目を凝らすと遠くにはうっすらと工場が見えてきます。
 多くの人は、この広大な平地がかつて海であったといわれても、容易に想像することはできないでしょう。しかし、約30年前、この平地は干拓という人間の営みによりつくりだされたものなのです。このまちに新しく平地を生み出したのは、国営笠岡湾干拓事業です。一体何故、笠岡市に、このような広大な土地が生み出されたのでしょうか。そこには笠岡の持つ歴史的な必然性がありました。




岡山県 ―笠岡湾干拓事業