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加賀平野が、これからも北陸の米どころであり続けるために 石川県 ―手取川農業水利事業
北陸エリア
戦後の国営事業




母なる川「手取川」が創造した加賀平野



加賀平野を潤す手取川
加賀平野を潤す手取川
扇状地に拓かれた七ヶ用水古図
扇状地に拓かれた七ヶ用水古図
扇状地に拓かれた七ヶ用水古図
加賀平野位置図

 加賀平野は、石川県最大の河川「手取川」が生みだした広大な扇状地の平野です。その面積は約12,000ha、金沢市、小松市、加賀市ほか8町村に及びます。
 扇状地の頂点の要にあたる鶴来町から、扇を開いたような美しい加賀平野を一望することができます。その規模と形の美しさは、まさに日本一の扇状地といえます。手取川右岸に七ヶ用水、左岸に宮竹用水の8つの用水路が、それぞれ扇の骨のように張り巡らされており、米どころ、加賀平野を支えています。
 しかし、この一見沃野に見える加賀平野の美田には、何代にも渡る農民達の水との戦いの歴史が刻み込まれています。
 手取川は白山から流れる急峻な川のため、季節による川の流量の変動をまともに受けます。梅雨期や台風時には洪水となって大きな被害を与える反面、雪解け水による豊水期を過ぎた6月下旬以降は急速に流量が減少するため、度々干ばつにさらされます。また土壌が扇状地特有の砂土のため多量の用水を必要としていました。用水不足を解消すると同時に洪水の調整も図り、安定した農業経営と洪水の不安を解消するという願いは加賀平野の農民、住民全ての願いでもありました。
 そこで、手取川の支流である大日川に貯水ダムを建設し、雪解け水を貯水し、夏のかんがい用水を確保すると共に、ダムの落差と水量を発電に利用し、さらに洪水を調節して沿岸の被害を防ぐことを目的として、昭和27年、国営手取川農業水利事業が開始されました。17年の歳月を費やして行われたこの事業により、ようやく加賀平野の人々の苦闘の歴史に終止符が打たれたと同時に、七ヶ用水、宮竹用水の合同取水の完成により、水争いの歴史も幕を閉じることになりました。


石川県 ―手取川農業水利事業