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加賀平野が、これからも北陸の米どころであり続けるために 石川県 ―手取川農業水利事業
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洪水の歴史



昭和9年の大洪水
昭和9年の大洪水
 手取川は霊峰白山(標高2,702m)にその水源をもち、途中で尾添川、瀬波川、大日川、直海谷川を集め急流となって峡谷を刻み、扇状地を形成しながら日本海へ注ぎます。長さは72km、流域面積809km2に及ぶ石川県最大の一級河川です。この手取川は母なる川として大地を沃野にする反面、常願寺に次ぐ県内でも有数の河川勾配をもつ暴れ川のため、一度大水となって牙を剥くと、多数の死者を出すまでの惨憺たる被害をもたらしました。手取川は「七たび水路(みずみち)を変えた」という大氾濫川です。江戸時代には記録として残るだけで9回、明治年間に4回の沃野を泥海と化す災害が発生しています。中でも、明治29年の大洪水は七ヶ用水の合口事業のさなか、殆どの堰と用水路が壊滅しました。最近では昭和9年、おりからの梅雨前線の影響による集中豪雨により死者97名をだす未曾有の災害を引き起こしています。


石川県 ―手取川農業水利事業