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上毛の地、渡良瀬川流域の開発 群馬県 ―渡良瀬川沿岸農業水利事業
関東エリア
戦後の国営事業










上毛の地、群馬



 「上毛の地」と言い表される群馬県。特に当事業の受益地である渡良瀬川流域は、その位置から、「東毛」や「両毛」と呼ばれてきました。
 この「毛」という字の語源は、諸説ありますが、その中の一つに、「毛は木が転化したもの」という説があります。もともと木という字は、草木の木―――転じて「穀物を実らせる植物の総称」という意味があります。毛の国とは、“豊かな穀物が生産される土地”ということもできるのではないでしょうか。
 東毛地域は晴れの日が多く、日照時間の長さでは指折りの地域です。年間平均降水量は、1200mm〜1300mmと決して多くありませんが、少ない雨を補うほど広い流域※1を持つ渡良瀬川があるため、水も豊富です。また、この渡良瀬川が運ぶ肥沃な土砂は、上流部に広大な扇状地※2を形成してきました。
 気候、地形ともに好条件を備えていた東毛では、古くから豊かな農が営まれてきました。古代、この地に東日本最大の天神山古墳(太田市)が築かれたのも、生産性の高さを背景に、大和朝廷の東国の要衝として機能していたためでしょう。

※1・・・ 流域面積2620km2
※2・・・ 1万年前、渡良瀬川は、大間々から南に流れて東京湾に注いでいたといわれています。右上図の点線が古代渡良瀬川の流路ですが、大間々を頂点に広大な扇状地が形成されているのがわかります




群馬県 ―渡良瀬川沿岸農業水利事業