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赤城山麓開墾への道程 ―群馬県 赤城西麓農業水利事業
関東エリア
戦後の国営事業








裾野は長し、赤城山



 群馬県のほぼ中央部に位置し、榛名山(はるなさん)、妙義山(みょうぎさん)と並び、上毛三山(じょうもうさんざん)の一つに数えられる赤城山(あかぎやま)。最高峰の黒檜山(くろびさん:標高1828m)をはじめ、駒ケ岳(こまがたけ:1685m)、地蔵岳(じぞうだけ:1674m)、長七郎山(ちょうしちろうやま:1579m)、鍋割山(なべわりやま:1332m)などの峰々からなるこの山は、日本百名山、日本百景にも選ばれ、その雄大な姿で知られています。
 群馬県の土地や人物、出来事を詠んだ「上毛カルタ」にも「裾野は長し、赤城山」と歌われているように、その山すそには、長く緩やかな高原地帯が広がっています。この長い裾野は、太古の昔、赤城山の火山活動によって流れ出した土石流や火砕流で形成されたもので、それゆえに、広範囲にわたり、保水性に乏しい火山灰性土壌でできているのが特徴です。
 この地質から、赤城山の北面から南面にかけた赤城西麓地区には、渓谷に沿って数条の沢が流れていますが、水はすぐに地下へと吸い込まれてしまい、雨の時以外に流れを見ることはほとんどありません。
 また、この地の年間平均雨量は日本の平均値である1,700 mmを大きく下回る1,200mm前後となっており、降雨から得られる水の量も決して豊富ではありません。
 これらの自然条件のもと、この地域では、宿命的に水に乏しい生活を余儀なくされてきました。


群馬県 −赤城西麓農業水利事業