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荒涼とした原野が日本一の大茶園へ、開拓100年にして手に入れた水潤う大地。 静岡県 ―牧之原農業水利事業
関東エリア
戦後の国営事業










地元農民すら顧みない荒れた台地



関係市町位置図
関係市町位置図
 南アルプスに源を発する大井川の急流は、長い歴史の中で流路を変えながら、ときに赤石山塊を削り、ときに牧之原台地をえぐりながら礫土の堆積をくり返してきました。
 牧之原は、この大井川下流右岸に小高く連続して広がる広大な洪積台地です。
またこの地域は東海道ベルト地帯の中央部に位置する交通上の要地であるとともに、我が国最大の茶産地として知られています。
 しかし牧之原における茶園開発が始まったのは明治以降のことであり、幕府を追われた士族が入植するまでは、古代に堆積した礫土によって、地元の農民すらも寄り付かない砂礫の荒廃地であったと言われています。
 温暖な気候と平坦な地形を持つ、茶の栽培にとっては恵まれた環境にありながら、台地の宿命とも言うべき水利に恵まれず、かんがい用水はもちろん飲み水にも事欠く状況。水の不足は茶葉の生育を悪くするばかりか、収穫の減少や品質低下は翌年から翌々年まで影響します。いったん干ばつが続くとこれに対応するすべはなく、地元の茶農家は常に不安定な経営状態を強いられていました。
 このため農民の長い間の夢は、眼下にとうとうと流れる大井川の水をこの台地に揚水し、これを自由に使うことでした。
 そして「牧之原に水を」を合言葉に事業請願へと動き出し、開拓100年にして荒涼とした原野が日本一の大茶園へと変貌を遂げたのです。水の潤う大地をつくりあげた先人たちの歩みは、開墾と利水を克服する困難な道のりでした。



静岡県 ―牧之原農業水利事業