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天水に頼るしかなかった台地が、水を得て都市近郊農業を確立 栃木県―国営芳賀台地農業水利事業―
関東エリア
戦後の国営事業








古代から続く土地



栃木県の地質
栃木県の地質
 栃木県の東南部に位置する芳賀台地周辺の地形は、約1億6千万年前の中生代の堆積岩に、2千万年前の新生代の火山噴出物が堆積し、その上部は関東ローム層によって覆われています。地味肥沃なこの地域では古くから農業が盛んに行われ、江戸時代に入ってからはさらに開墾・拡張や用水工事が進み、明治時代以降には農産物の商品化も発展しました。
 このような歴史から、この地域は原始以来の豊富な遺跡をもっています。古代には東北への玄関口となり、戦国時代にはこの地に勢力を張った豪族たちの興亡によって動乱の現場ともなりました。そして江戸時代の後期に続いた飢饉によって「農村の荒廃」といわれる苦難の時代を乗り越えると、明治維新を迎えて栃木県が成立しました。続く大正時代には、官線鉄道として真岡線と烏山線が開通すると、真岡線では煙草・石材・米・陶磁器が、烏山線では木材・米が都心へと運ばれました。昭和の時代に入ってさらに道路整備が進むと、宇都宮市の都心から約20km、東京都心からは約100kmの首都圏内にあるこの地域は、都市近郊という土地の利を生かした営農がいよいよ期待されるようになります。
 しかしながら、都市に向けて十分な農作物を供給するには、農地および水利施設はあまりにも貧弱なものでした。ここに、本事業達成に向けての道のりが始まるのです。


栃木県 ―国営芳賀台地農業水利事業