水土の礎 キッズページ サイトマップ ご意見・お問い合せ
水土の歴史年表 地域の礎 水土の成り立ち 大地への刻印 国土を創造した人々 礎の歴史的展開 近代日本の礎 水土の巧
地域の礎
カテゴリトップへ
水利慣行と近代化の相克 栃木県 ―鬼怒中央農業水利事業
関東エリア
戦後の国営事業










山地からの激流



都道府県別 地形・地盤解説
ジオテック(株) 都道府県別 地形・地盤解説
 
 栃木県は、関東平野の北部と東北地方からの山並みが交わる地にあり、ちょうど県の東西を挟むように、山地が発達しています。とりわけ険しいのが、西部一帯の山岳地帯である奥羽山脈。二千メートル級の山々が屏風のように連なり、那須岳(なすだけ)、高原山(たかはらやま)、男体山(なんたいさん)などの火山群も発達しています。
 この険峻な山並みからは、鬼怒川(きぬがわ)、那珂川(なかがわ)、箒川(ほうきがわ)、荒川(あらかわ)、思川(おもいがわ)など、幾本もの河川が流れ出、中央には北から南に緩やかに傾斜する平野が形成されています。
 県の中央を縦断する鬼怒川は、群馬県との境に発する一級河川で、二千メートルもの大山脈から急傾斜で流れ出る激流のため、上流部は高い渓谷となっています。中流部からは扇状地を形成しますが、周囲には丘陵地や台地など複雑な地形が錯綜しており、川沿いの平野は針のように細長く延びています。
 鬼怒川の周りの丘陵地には、縄文時代以前の遺跡も残っており、数十万年の昔から、この辺りで人々が生活していたことがわかっています。弥生時代に入ると、この人々は農耕の広まりとともに、低地の湿地帯へと生活の場を移していきますが、河道が安定せず、洪水の多い鬼怒川沿岸は、長く、生活ができるような場所ではなかったようです。弥生時代の遺跡の多くは、鬼怒川沿岸ではなく、宇都宮の中心部や渡良瀬川流域に集中しています。


栃木県 ―鬼怒中央農業水利事業