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暴れ川から恵みの川へ 栃木県・茨城県―鬼怒川南部農業水利事業―
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鬼怒川の流れ



鬼怒川の流れ
 鬼怒川(きぬがわ)は、栃木県と群馬県境の鬼怒沼を水源とし、関東平野を北から南へと流れ、利根川へと注ぐ一級河川です。
 二千メートルもの大山脈から急傾斜で流れ出る激流のため、古くから、洪水をおこす暴れ川として知られてきました。鬼怒川に当てられた「鬼が怒ったような川」という漢字からも、激流として恐れられてきた歴史が伝わってくるようです。
 古代には、この鬼怒川は「毛野河(けぬかわ)」と呼ばれ、4世紀の末ころ、現在の栃木・群馬の県域に成立していた「毛野国(けぬくに)」の国名も、この川の名前からきていたようです。()「毛野(けぬ)」という言葉の語源には、鬼怒川の洪水のために、頻繁に土地が崩れてしまう「崩野(くえの)」が転じたものとする説が残っています。
 鬼怒川の東を南流する小貝川(こかいがわ)も、頻繁に洪水の起こる暴れ川として有名で、「小貝川」の名前も、「壊井(こかい)」という、決壊被害の多い河川を表す語からきているという説があります。 古代には、この鬼怒川と小貝川は、乱流を繰り返し、周囲は広大な湿地帯のようだったといいます。

※・・・ 毛野国は5世紀に入り、渡良瀬川を国境として、「上毛野(かみつけぬ)」(現在の群馬県)と「下毛野(しもつけぬ)」(現在の栃木県)に分割され、大化の改新以後はそれぞれ「上野(かみつけ)」「下野(しもつけ)」と呼ばれるようになります。「上野(かみつけ)」は、後に音便で「こうずけ」と呼ばれるようになりました。

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