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老朽化した那須疏水の復興と、さらなる発展をめざした壮大な総合開発 栃木県―国営那須野原開拓建設事業―
関東エリア
戦後の国営事業








国営那須野原開拓建設事業



 三十数年間にわたって積み重ねられてきた那須野ヶ原開発の構想・調査計画がいよいよ実現化する時を迎えました。構想の中核となる大規模な水源開発では、表面アスファルト遮水型ロックフィルダムというダム築造の新技術を導入することによりダムサイトの課題を打開。この新技術の導入実績としては、当時、我が国最大のものとなった深山ダムをはじめ、根室ダム、赤田調整池、戸田調整池と4つの水源施設が新設され、水田3,025haの用水補給、畑地883haのかんがい用水を確保しました。 また、那須野ヶ原は開拓するにも未墾地には数多くの既成田が介在していたため、本事業では開拓と同時に区画整理・既設水利施設の整備が必要とされ、開拓・かんがい排水・区画整理の三事業が一体となって展開されました。

●開拓事業では、未墾地から畑地281ha、輪換耕地127ha、合計408haの農地を造成。
●区画整理事業では、未墾地・既耕地を一体とした換地により553haの区画を整備。
●かんがい排水事業では、老朽化が進んで漏水が著しかった既設の新・旧木ノ俣用水、蟇沼用水、那須疏水の土水路をコンクリート舗装水路に改修。那須疏水は下段幹線用水路と改称し、新設の上段幹線用水路とあわせて2大幹線用水系統に再編。総延長330kmにおよぶ水路を整備するとともに頭首工を新設・移設改修。また、那須野ヶ原の豊富な地下水については、地下水位が上昇して安定する6月15日を境に、利用率を設定して有効活用することとしました。
 この28年間にも及ぶ事業実施の経過のなかで、昭和50年代には米の生産過剰による開田抑制政策が、昭和60年代には用水補給田が増加するなど、農業情勢は著しく変化しました。これに対応すべく当初の事業計画からは3回の変更が行われた結果、上記のような最終実施に至り、本事業は平成7年にようやく完了したのです。 水の一滴は血の一滴として貴重なものとされてきた那須野ヶ原の精神は現在にも引き継がれ、歴史ある水利施設と清水が今も守られています。そして、「きれいな水を次世代に継承」をスローガンに、水の大切さを通じた環境教育の支援や、健全な水循環システムの構築に努めています。

深山ダム 赤池調整池 下段幹線用水路
深山ダム 赤池調整池 下段幹線用水路
     
●国営那須野原開拓建設事業概要(昭和43年着工、平成7年完工)

(1)受益地
大田原市、黒磯市、西那須野町、塩原町、湯津上村

(2)受益面積
4,329ha

(3)主要施設
深山ダム(最大取水量:8.34m3/s)
板室ダム(最大取水量:3.91m3/s)
赤田調整池(最大取水量:1.23m3/s)
戸田調整池(最大取水量:1.72m3/s)

蟇沼用水
旧木ノ俣用水
新木ノ俣用水
下段幹線水路
上段幹線水路(那須疏水)

(4)関連事業
電源開発株式会社沼原発電事業
県営北那須水道用水供給事業
県営板室発電事業



栃木県 ―国営那須野原開拓建設事業