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昭和まで続いた戦国の奇習・餅ノ井落し -湖北農業水利事業-
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戦後の国営事業





琵琶湖の水を余呉湖に!



余呉湖全景と左下は琵琶湖北端
●余呉湖全景と左下は琵琶湖北端。
トンネルで琵琶湖の水を揚げ、余呉湖に貯水している。
 国営湖北農業水利事業は、昭和40年に着工し、22年の歳月をかけて完成した画期的な事業です。
 受益面積約5,000haというスケールの大きさもさることながら、この事業の特筆すべき点は、琵琶湖の北にある天然の湖・余呉湖を揚水式の貯水ダムとして活用していることです。
 当初の計画案では、高時川の上流に貯水ダムを築き、湖北平野を潤すという通常の方式でした。しかし、様々な検討の結果、琵琶湖の水をおよそ80mの高さにある余呉湖に汲み上げ、貯水湖として活用するという画期的な発想が生まれ、幾多の苦難を克服して完成しました。これは国内ではもちろん、諸外国でもほとんど例を見ません。
 さらに注目すべきことは、この天然のダム及び河川を最大限活用するため、雨量計、水位計、流量計など30数ヶ所に及ぶ水利情報をテレメーターで中央管理事務所に集め、その情報処理に基づく指令を取水施設や分水工(18ヶ所)に伝達して操作するという情報工学的手法を駆使した水管理システムが装備されている点です。
 自然の摂理と人間の生の営みにどう折り合いをつけるか ――― 農業土木の原点ともいうべき理念を、秀逸な発想と近代的技術で実現した記念碑とも言うべき事業です。


滋賀県 ―湖北農業水利事業