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300年にもおよぶ大和の悲願、「吉野川分水」 -十津川・紀の川土地改良事業-
近畿エリア
戦後の国営事業





「吉野川・紀の川」この豊かな水を豊かに使う



大和平野
大和平野
紀伊平野
紀伊平野
 国営十津川・紀の川土地改良事業は、いわゆる「吉野川分水」と呼ばれる広域利水開発事業であり、昭和25年に着工し、以来30有余年の歳月を経て完成しました。
 事業地域は、奈良・和歌山両県の大和平野、紀伊平野にまたがる面積約21,000haの水田地帯です。大和平野は、盆地の中央を流れる大和川が主な水源ですが、流域が小さいうえ年間降雨量が1,300mm程度と大変少なく、大和平野を潤すことが困難でした。一方、紀伊平野は、上流に我が国でも最も降雨量の多い大台ヶ原を集水域とする紀の川を水源としていますが、度重なる洪水による水害に苦しめられたり、取水施設の不備などにより用水不足にも苦しめられていました。
 このような深刻な用水不足を解消するためには、豊富な流量をもつ十津川・紀の川を総合的に開発し、貴重な水資源を高度に活用することが必要でした。
目の前を流れる豊かな水量の吉野川・紀の川、奈良・和歌山両県の農民達の300年に渡る苦闘の歴史は、まさにこの川の水の分配を巡る争いでした。
 この事業は、十津川・紀の川をダムによって水源開発し、流域変更をともなった総合的な水配分により紀伊・大和両平野へ供給するという壮大かつ画期的な大事業でした。これにより長年の苦闘の歴史に終止符が打たれることになりました。


奈良県・和歌山県 ―十津川・紀の川土地改良事業