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300年にもおよぶ大和の悲願、「吉野川分水」 -十津川・紀の川土地改良事業-
近畿エリア
戦後の国営事業





大和豊年米食わず



隠し井戸による水汲みのようす
隠し井戸による水汲みのようす
 このことばは、大和の天候が順調であると他の地方は雨が多く不順な年となり、他が豊作であれば大和は干ばつに苦しむ、つまり、大和平野の農業用水の水不足をいいあらわしています。
 この地方は、もともと少雨地帯であり、大きな河川に恵まれず、水源のほとんどを溜め池に頼ってきました。ところが、山ひとつ隔てれば、日本有数の大河・吉野川(紀の川)が流れています。しかも、大台ケ原など最も雨の多い流域は奈良県。そこに降った雨のほとんどが紀州(和歌山県)に流れていく。なんとか吉野川の水を大和平野へ引けないものか(分水という)。これが大和平野の農民のかなわぬ夢でした。


奈良県・和歌山県 ―十津川・紀の川土地改良事業