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九州一のカルデラ湖「池田湖」を調整池にするという壮大な計画が南薩地方を不毛の台地を、緑なす肥沃な畑作大地へと変貌をさせました。 鹿児島県 -南薩農業水利事業-
九州エリア
戦後の国営事業







国内2番目の規模を誇る大規模な畑地かんがい事業



開聞岳と池田湖
開聞岳と池田湖
西部台地全景
西部台地全景
国営南薩農業水利事業は、昭和45年に着工し、昭和59年に完成するまで、15年の歳月をかけた壮大な畑地かんがい事業です。
 戦後の大規模畑地かんがい地区の例としては、愛知県、静岡県にまたがる豊川用水の9,800haに次ぐ、国内2番目の受益面積を誇る事業で、鹿児島県薩摩半島南端、南薩台地のうち、指宿市ほか2市4町、総受益面積6,072haもの畑地をかんがいし肥沃な大地に生まれ変わらせたというものです。
 それは、池田湖を調整池として利用し、6,072haを潤す水利ネットワークを構築するという壮大な発想でした。池田湖は水面積1,062ha、水深230mに及ぶ貴重な水源であり、さらに水面の海抜は64m〜66mとかんがい用水の水源として高い可能性をもった貯水池でした。
しかし、集水域は1,234haしかなく、土壌特質からくる漏水が大きいため、広大な畑地を潤す取水は不可能でした。
 この広大な面積をかんがいするために必要な用水量(年間約3,000万m2)を確保する方法として、池田湖流域以外の馬瀬川、高取川、集川の三河川の余剰水や洪水時の水を池田湖に導水し貯水する、すなわち池田湖を巨大な調整池として活用するというものでした。また、用水の単年度計画を長期に切り替えて水収支を考える、柔軟な発想がこの壮大な計画を支えたことも見逃せません。


鹿児島県 ―南薩農業水利事業