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九州一のカルデラ湖「池田湖」を調整池にするという壮大な計画が南薩地方を不毛の台地を、緑なす肥沃な畑作大地へと変貌をさせました。 鹿児島県 -南薩農業水利事業-
九州エリア
戦後の国営事業







島津氏と薩摩



 場所は鹿児島県薩摩半島南端に位置する南薩台地、南北12km、東西24km。指宿市、山川町、開聞町、頴娃町、知覧町、枕崎市の2市4町にまたがる、総面積約13,000haの広大な畑作地域です。この地域は、現在も継続している火山活動によって噴出した火成岩類からなる台地できています。
 江戸時代の雄である島津氏は、3代久経までは鎌倉に在住しており、のちに、蒙古の再来を警護するため薩摩へ赴任します。以後、島津氏は薩摩の土着豪族となっていき、その後、南北朝、室町、戦国の時代を駆け抜け、近世大名へと名をあげていきます。特に、島津氏歴代君主のなかでも出色の名君と讃えられた斉彬は、明治維新で活躍する多くの人材を輩出したことで有名です。
 また、薩摩は古くからわが国と大陸を結ぶ要所であり、室町幕府の時代には琉球の領主として認められ、南方との交易に力を入れていきます。半農半漁の苦しい薩摩藩の財政を救ったのも、この貿易によるところが大きいのではないかと推察できます。


鹿児島県 ―南薩農業水利事業