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高妻五雲と8人の意思を受け継いで・・・ -綾川農業水利事業-
九州エリア
戦後の国営事業







本庄川流域



 
宮崎県西都市小豆野原
宮崎県西都市小豆野原。標高40〜70m、表面に火山灰土が乗り水に恵まれない土地だった。
 宮崎市の中央部を流れる県内随一の大河・大淀川。その支流・本庄川の、そのまた支流が綾北川(地図参照)。これらの川の流域に位置する綾町、国富町一帯は、年間平均降雨量約2,500mmという多雨地帯であり、全国でもトップクラスの日照時間という天候的には極めて恵まれた温暖な地域です。にもかかわらず、この台地は火山灰性土壌と「赤ホヤ」「黒ニカ」と呼ばれる悪質下層土で形成されており、保水力が著しく少ないために、古来、旱魃の被害に苦しんできました。また、収益性の高い野菜などの栽培もできず、サツマイモなどの農作物で生計を立てることを余儀なくされていました。
 恵まれた気象条件にもかかわらず、はねつるべの野井戸に水を頼るしかなかった苦しい村々。綾北川からの水路の開削は、本庄村(現国富町)にとって、悲願中の悲願でした。
 明治時代、この水路の開削に挑んだ8人の義民の物語は、地元の郷土史研究家・柄本章氏による「国富の歴史」(国富町広報誌連載)や「国富町郷土史」に詳しく描かれています。
 http://www.miya-shoko.or.jp/kunitomi/rekisi/suiro/kaikyo.html

 ここでは、それを参考にしながら、まず先人たちの苦難の歴史を偲んでみたいと思います。


宮崎県 ―綾川農業水利事業