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世紀の国づくり・未知への挑戦 秋田県 ―八郎潟干拓事業
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戦後の国営事業






神奈川県の全水田面積に匹敵!



垂柳遺跡の弥生水田
 
 琵琶湖に次ぐ国内第2の湖であった八郎潟。約2万2千haという途方もない湖を干拓し、近代的農村を建設するという前代未聞の計画が始まったのは昭和27年のこと。折しも、日本が敗戦後のアメリカ占領下から独立した記念すべき年でした。
 新しく生まれる国土は約1万7千ha。神奈川県の全水田面積に匹敵する広さです。広いだけではなく、その計画は壮大な夢に満ちていました。1戸数haという大区画農場、ヘリコプターによる直播や大型コンバインを利用した大規模な機械化農業、まさに日本の農村をリードする理想の国土づくりでした。

秋田県 ―八郎潟干拓事業