磐南平野の金字塔[Monumental Achievement of Bannan Plains]

【終章】磐南平野の金字塔

この事業の完了は昭和22年、ついに磐南平野は1000年と続いた地形的宿命を克服し、歴史上初めて尽きることなき豊流天竜川の水を得ることになるのです。
しかしそれも束の間、戦後の経済成長に伴う電力需要の増加によって天竜川上流には次々と発電ダムの建設ラッシュが始まります。川の流量や流身が激しく変化し、阿蔵取水口も用をなさなくなってきます。
真に磐石の水利システムが出来上がるのは、発電、工業水、上水道など天竜川の総合開発事業により船明ダムからの直接導水が可能になる国営農業水利事業の完了(昭和59年)。実に犬塚祐一郎の社山疏水案から150年の歳月が流れていたのです。

第一章で述べたように、今の磐南平野は県下一の穀倉地帯。洪水からも渇水からも解放され、用水も滞りなく配水されています。

しかしと言うか、ゆえにと言うべきか、こうした先人たちの偉大なる業績もいつの間にか風化し、もはや、水は空気同様あって当たり前、洪水はなくて当たり前。先人たちが命をかけて守りぬいてきた水田も、ともすれば社会に軽んじられ、見捨てられようとすらしています。

そのことを見抜くかのように江塚勝馬は『磐田用水誌』(昭和27年発行)にこう記しています。「最初に見た処女水のみが尊いのではない。数百年後にこの用水路を流れる水にも、これを引くために創業時代の関係者の血と汗と涙が溶け込んでいるのである」。
金字塔とはピラミッドのこと。転じて不朽不滅の業績を意味します。
ピラミッドは確かに古代の偉大なる建造物ですが、王や貴族の墓にすぎません。しかし、名倉太郎馬や社山疏水を築いてきた先人たちの業績は、今もなお何十万、何百万人の命を救い、養っているという意味においてピラミッドをはるかに超える資産であり、真の意味で金字塔と言えるのではないでしょうか。

決して忘れてはならないこと ―― それは、私たちの住んでいる磐南平野は先人たちが命をかけて築いてきた水路や堤防(歴史的資産)によって支えられている人工の大地であるということです。
したがって、もしこの水路が地震などで破壊、あるいは老朽化すれば、私たちはたちどころに明治の頃の農村に戻ってしまうのです。

近年、山は荒廃し、生き物も次第に少なくなり、食糧危機や石油の枯渇が危ぶまれています。

歴史を学ぶことは、今を知り、未来を創ること。

聖徳太子の頃から見ると、あらゆるものが変わりはてました。貴族も武士もいなくなり、馬が走った道を無数の車が走っています。飛行機、新幹線、コンピューター……。
しかし、奈良時代の昔からほとんどその姿を変えずに存続してきたものもあります。 ―― 寺社と田畑。

私たちが生きる、あるいは次世代が生き延びるための真の資産とは何でしょうか。
先人たちが成し遂げたこの偉大なる業績に思いを馳せつつ、そのことを皆で考えようではありませんか。

―― 磐南平野が豊かであるうちに。

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