伊勢平野の礎 ― 平野の特異な歴史と宮川用水の資産性[Basis of Ise Plains]

【第八章】伊勢平野の新しい礎

1. 宮川用水第二期事業の概要

伊勢平野をすっかり新しい大地に変貌させた水利資産・宮川用水であるが、人工的な施設ゆえに老朽化は避けられない。昭 和54年から7年間にわたって国営造成土地改良施設整備事業が実施されたが、その完了から約10年 (国営事業の完了後約40年)が経過し、水路のあちこちが沈下、ひび割れ等を起こして漏水が激しくなってきた。また、早場米の産地化、乾田化や減水深の増大等によって水使用量が多くなるとともに早期化した。さらに、幼児が開水路に転落する事故が3件も発生していた。
このため、国営宮川用水第二期事業では用水計画を見直すとともに水路施設の改修を行なうなど新しい時代の農業に即した資産に改良することとなった(平成7年~同24年)。主な内容は以下のとおりである。

写真:斎宮調整池(斎宮池と惣田池を合体)

■用水確保

・粟生頭首工取水量の増量(8.522㎥/s →10.438㎥/s)

・斎宮調整池の新設(斎宮池28万㎥ → 200万㎥)

■施設の改修
・導水路の改修:延長15.4km
・新導水路の暗渠化:3.4km
・幹線水路(一部支線)のパイプライン化:23.8km
■関連事業
・配水操作等の遠隔化

2. 生物多様性という資産


写真:環境アセスメントの実施

近年、生物多様性の保全ということが世界的な課題となっている。この背景には、現代が地球における生命の誕生以来6度目といわれる大量絶滅時代に入っているという学説がある。恐竜時代には1000年で1種程度だった種の絶滅は、今や13分に1種という猛スピードで進んでいるとのこと。
この要因としては、生息地の消失、生息地の独立化や分断化、乱獲・過度の捕獲や植物の採取、化学物質による環境汚染、外来種の侵入による捕食や遺伝子汚染などが挙げられる。
日本列島は生物の多い島であり、特に固有種の多さは世界でもトップクラスである。それでもスズメの数は20年足らずの間に最大80%減、50年では90%減と10分の1にまで激減しているらしい*1。
我々人間社会は生物から限りない恩恵を受けており、国連の研究調査によると、生物多様性の損失による経済的影響は、年間200~450兆円に及ぶと試算されている*2。
河川や森林が重要な資産であることは何度も述べた。また水利施設が社会を変貌させるほどのストックであることも述べた。第二期事業において新しい資産を形成するためには、この「生物多様性」もストックとして加えなければならなくなったのである。
本事業に際しては、専門家の現地調査に基づいて自主的に環境アセスメント(20項目の環境保全措置の実施)を実施し、イシモチソウ移植、斎宮池底生生物保護等々、またオオタカや重要な植物への対応措置として、重機工事の不使用、重要な種の移植、小動物に配慮した排水路の整備等を行なっている。

3. 次世代への継承


写真:農業者と住民が一体となった
水源地を守る活動
(写真提供:宮川用水土地改良区)

さて、以上、宮川用水が誕生するまでの経緯について論考してきた。
第二期事業に関連して、宮川用水土地改良区は「農業用水水源地保全対策事業」を活用して水源地にクヌギを植えたり小学生による草刈りや学習会などの活動を続けている。さらに特筆すべきことは、受益地域内では78協議会組織により4,223haの農地を対象に「農地・水保全管理支払交付金」を活用して、農業者と地域住民が一体となった各種の環境保全活動が実施されていることである。
かつての激しい反対運動や負担金不払い運動を考え合わせれば、この水利資産は人々の意識も変えてしまったように思われる。ちなみに、第二期事業では、宮川用水は地域の資産として認識されており、かつてのような農家負担はない(市町が負担)。
農家と地域住民が一体となって地域資産と環境を守り育てる―――いわばソーシャル・キャピタルの形成にも寄与するこうした活動は、他のインフラ(高速道路、橋、電気、通信施設etc.)には見られない水利・農地資産独自のものであろう。

近年、化石資源の枯渇や世界的食料危機が叫ばれている。これまで宮川用水は農業者のための経済資源であったが、次世代の社会では「生存のための資源」なるかもしれない。その地域最大の資産を伊勢平野の新しい礎として次世代に継承していくことは、現世代の責務であろう。
  • *1…三上修立教大研究員『日本におけるスズメの個体数減少の実態』(2008.6)
  • *2…TEEBプロジェクト「ビジネスのための生態系と生物多様性の経済学」(2010.7)
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