芦沼略記 ― 亀田郷・未来への礎

【第四章】客土一寸、一石の増収―芦沼農民の暮らし

鳥屋野潟の恵み


潟の土を取る様子(ジョレン掻き)

栗ノ木川は、この地の排水を引き受けた母なる川であったが、もうひとつ、郷内には亀田郷を育ててきた父のような存在があった。
鳥屋野潟である。総面積180ヘクタールにおよぶこの湖は、今日にいたるまで、郷内の遊水池(ダム)として絶大な役割を果たしてきたのである。大雨に襲われても、郷内の水はすべてこの湖に流れこむ。そしてゆっくり海へと流す。逆に、河口の水が逆流してもこの鳥屋野潟が受け止めてくれた。
さらにこの鳥屋野潟は、この地ならではの大きな役割を持っていた。湖底に積もった埃土(有機物を含む泥)である。この埃土は客土として、いかなる肥料にも勝る滋養分を持っていた。
「地図にない湖」と呼ばれた亀田郷の湿田地帯。農民は自分の田を1センチでも高くするため、鳥屋野潟などの底に溜まっている埃土を田に入れた。潟の土はジョレンという器具で掻き上げ、舟に載せて田まで運ぶという気の遠くなるような作業であった。
客土一寸で一石の増収を生むとも言われた。この埃土は、集落ごとに採る場所が決められているほど貴重な資源であった。魚も大きな収入源であり、漁業権もあった。この潟湖で獲れる葭(屋根材)や真菰(生活材)、菱(食材・薬)、水草なども現金収入を助けた。

舟堀


舟堀

この地における主な移動手段は舟であった。郷内には100本を越える舟堀(水路)が縦横無尽に走り、集落をつないでいた。
むろん、この舟堀は田の用水路であり、排水も兼ねていた。舟は、特に稲刈りの収穫時には欠かせない運搬具であり、大抵の農家が1、2艘は持っていた。この舟堀も田植えや収穫時には舟で満杯になるため、下流の後発農地では作業時期をずらすため早生を作るという慣行もあったという。
通常の村の道は1メートル幅ほどの草道。主要道路も幅2.7メートル、対して舟堀は3.6メートルもあった。

江丸


ハサ木

この地は洪水の常襲地帯であるため、水防には様々な工夫がなされていた。各集落は村の周囲に「江丸」という高さ1メートル弱の小堤防を築いて、自分の田畑に悪水が流入してこないようにした。郷内にはこうした大小様々な江丸が無数にあったという。いわば、小さな輪中である。しかし、こうした集落単位の水防体制は明治後の水利組合を作る際の難題となり、水利の近代化を遅らせることになる。

田打ち


水車による取水

亀田郷の春仕事は早い。正月行事(2月)が終わるとすぐに田打ちに出る地区もあった。氷の張った田に出る野良着はヤマギモンと呼ばれ、股引き、藁ハンバキ、ミノ前掛け。女子も膝までの腰巻の他は男子と同じ。濡れると翌日凍るので、囲炉裏端に干して、かわるがわる履いたという。

田植え


舟堀

田植えは、左の写真以上の説明は不要であろう。腰や胸まで泥の田に浸かりながら、泳ぐようにして稲を植えたという。もっとも、これは最も条件の悪い深田での様子である。微高地の良田では普通の田植えがなされた。標高2、3メートルというわずかな差が天国と地獄のような違いを生んだことになる。

作家の司馬遼太郎は、『芦沼』という農作業の記録映画を観てこう述べている。「食を得るというただ一つの目的のためにこれほどはげしく肉体をいじめる作業というのは、さらにはそれを生涯くりかえすという生産は、世界でも類がないのではないか」(『街道をゆく――潟のみち』)

ヒル箱

田植えが済むと3日ほどの休暇。その後の除草作業はヒルとの闘いであった。大正の初期まで郷内の農民はヒル箱を腰にぶら下げていた。ヒル箱とは直径15センチ、深さ9センチほどの桶。この中に塩や石灰などを入れておき、脚を登ってくるヒルを取り桶に入れて殺す。多い日は、1日1合もとれたと言われ、この苦行が秋の稲刈りまで続いた。

用水

用水は大半の農地が堀の水を利用した。水車を使って汲み入れるという重労働である。また田越し灌漑の田も多かった。日照りの時に、水の不足する田では隣の畔の下に棒で穴をあけて水を盗む者もいたという。このための棒を「天気棒」といった。

稲刈り


刈った稲穂を船積み

稲刈りもまた水につかっての作業だった。刈るには下半身の力も要るので、足が粘土質の泥にとられて動きにくい。このため竹棒を何本か編んだカンジキを履いた。さらに深田では箱カンジキも履いた。竹棒数本の上に箱を乗せたものであり、転ぶと足が浮き上がって起き上がれず、命取りにもなったという。
稲刈りが終わると12月。ハサ稲に雪のかかることもしばしばであった。

冬仕事

冬場は深ぐつ、米俵、脚半、ツグラ、荷縄、背負い籠、ムシロ織、ミノづくりなど、農閑期といえど朝から藁をうち、夜なべに囲炉裏の灯りで俵を編むという暮らしであった。

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