天界集落の煌き[History of Takase]

【第六章】災害文化の継承

こうした山村における濃密な文化は、暮らしの彩りや潤い、仕事の余暇といった娯楽的なものにとどまらない。山村の自然は厳しい。自然と付き合う独自の技術が要求される。
九州椎葉村の老婆が語る『おばあさんの植物図鑑』*1は、野辺にあるほとんどの植物の利用法がまとめられており、巷に溢れる料理本や植物の専門書とは次元の異なる、いわば生存のための知見とも言うべき書である。
山菜や木の実の料理法、川魚の採り方、動物への罠、薬草の知識、動植物の生態、熊や毒蛇に襲われた時の対処法、解毒法、ナイフや山刀の使い方、時間や方角の見方、地形の読み方……、いわゆるサバイバルのための技術も人が身に付けるべき必須の要件であり、こうした知恵の膨大な集積は紛れもなく文化と呼べるものであろう。
 
高知県では広い範囲にわたって、地震が来たらカアカアと叫べという奇妙な俚諺がある。仁淀川町付近ではコーコーと犬を呼ぶ真似をする。カアもコウも「川」の意味であり、地震が来たら落ち着いて川の流れを見ろとの真意らしい*2
つまり、川には、下流では津波、上流では山崩れなどの兆候が現れるという科学的な警告である。
「川を見ろ」の一言に、地すべり多発地帯における防災の本質が鋭く表れている。一見、奇妙で非科学的にも思える伝承も、その実、科学を超える合理的対処法を諭している例が少なくない。
こうした古くからの言い伝え、地域の民話や伝承。草木の種類、動物の動き、雨の降り方、雲の色や流れ、霧、音、匂い……、自然の微妙な変化を的確に察知する能力。さらに災害が起こったときの避難行動、救助や相互扶助、復旧活動など地域住民の間に潜在している行動規範。こういう集落の潜在的な知恵の集積体は、Disaster Subcultureと呼ばれている。直訳すれば「災害文化」となろうか。

地すべりの専門家の話では、特に地名が重要であるという。日本では地名そのものが災害を起こす地形を示している場合が多い。崩壊や地すべりを意味する地名はその痕跡の記録であり、今後の災害をも示唆する第一級の「災害文化」であると。
しかし、驚くべきことに、日本の自然地名は約1万年前、縄文時代の命名と推定されるらしく*3、解読が容易ではない。
縄文人は文字こそ持たぬが、言葉(音)は使った。しかし、おそらくは全国の共通語ではなかった。そのためかどうか、崩壊地名の表現は極めて多彩である(「崩壊地名の例」参照)。そこへ、弥生人が大陸から輸入した漢字を当てた。したがって、地名の文字は大半が当て字であり、信用できないらしい。崩壊地名は音で解読すべきだという。
近年、自治体の広域合併等で昔からの地名が消えたり、改変されるケースが激増している。私たちの社会は1万年前から継承されてきた地名という貴重な「災害文化」を、いとも簡単に葬り去ろうとしていることになる。
地すべりや崩壊は四国だけの話ではない。現在、日本では土砂災害の危険個所が8万を超え、約430万人が被災の危機にあるという。
ここでは、山村で継承されてきた災害文化の一例として、地すべりを見つけるコツを紹介するにとどめる。

地すべりを見つけるコツ

【図1】樹木の枝葉の不揃いや幹の曲がり
山林の樹木の枝葉に一様な発育の不揃いが見られる場合、地すべりが起こって根が傷んだ可能性がある。また、積雪地でもないのに、樹木の幹が一様に曲がっている場合、地すべりによる傾きから立ち直ろうとするため、幹が曲がっている場合がある。

【図2】植林地のブロック状の発育不良
地すべりはブロック状に発生するので、植林地などでブロック状の発育不良がみられる場合、地すべりを起こしている可能性が高い。




【図3】集落での注意点
家屋のドアが閉まりにくい、擁壁などの亀裂、田畑に発生した段差や陥没。道路のヒビや浮き上がり、井戸水の濁りや水位の変化も重要な警告。

図1~3 出典:東三郎著『地表変動論―植生判別による環境把握』(北大出版)

現在の科学では、すべった要因を解明できても、どこがすべるかを予測することは、不可能に近いという。したがって、こうした早期発見こそが地すべりにおける最大の予防策となる。
地すべりの初期の兆候は山間で健全な生活が営まれていてこそ発見が可能であり、山村の人口が少なくなればその分だけ遅れる。

そうした意味において、山村の人口が少なくなること自体が「災害文化」の最も大きな損失と言えるのである。

*1 斉藤政美『おばあさんの植物図鑑』(葦書房)は椎葉村在住の椎葉クニ子の知見をまとめた本。椎葉村は中央構造線上に位置し、焼畑、平家の里として名高い。柳田國男がこの村を取材し『後狩詞記』を著したため、民俗学発祥の地とも言われる。

*2 谷是編『高知県の不思議事典』(新人物往来社)

*3 小川豊著『崩壊地名』(山海堂)

※ページ上部イメージ写真 : 中村の棚田(仁淀川町)


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