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吉野川総合開発 紙谷用水
吉野川
総合開発
十津川紀ノ川
総合開発
 
吉野川総合開発 四国を横に切り裂くように流れる吉野川は、徳島県から海へ流れ出ています。この吉野川は、最大洪水流量が24,000m3/s、渇水時の最低流量は20m3/sであり、季節による流量の変動が極めて大きな川です。下流の徳島県では、降れば洪水、照れば渇水の繰り返しでした。徳島市では、昔、ほぼ2年に1回の割で大洪水に襲われていました。一方、香川県をはじめ他の3県は、大きな川がなく、常に水不足。
1948年にはじまる戦後の経済復興策・吉野川総合開発案は、最上流に巨大なダムを建設し、四国の他の県にも吉野川の水を分けるというものでした。しかし、農業振興政策、橋の建設、新産業都市政策、工場誘致など、各県の浮沈をかけた駆け引きと利害が対立し、政治家、財界、官僚とも必死の努力にもかかわらず、解決策に20年近い歳月を要することとなりました。この恩恵を最も強く受けたのが水の少ない香川県でした。香川用水は、下図のように平野を横切り、年間2億4,700万m3の水が、農業用水、工業用水、飲料水として使用できるようになりました。
農業用水は、小さな川やため池に水を供給しながら、3万haという広いエリアを隅々まで潤しています。

吉野川総合開発概要図(資料:水資源開発公団)