● 国営新利根川農業水利事業
前述したように明治政府の明治33年からの利根川改修事業により、利根川からの洪水被害は一段落をみました。しかし新利根川の改修は手つかずだったため、しばしば堤防を溢水しました。またこの地域の標高は霞ヶ浦水位とほぼ同じなため、降雨により霞ヶ浦水位が上昇するとたちまち連動して新利根川水位も上昇してしまい、田からの排水が出来ず、湛水が何日も続くこと毎年の如くでした。当時の農作業を伝える貴重な写真が何枚も新利根川土地改良区に保存されており、その一枚が写真-3です。出来秋に湛水すると穂が腐ったり、芽が出たりするのでとにかく刈り入れねばならず、膝までつかる泥田での稲刈りは大変な重労働でした。
この地域でも水利組合、耕地整理組合を設立して、排水改良に取りくんできましたが何れも田地が対象の面的なものでした。この地域の雨水の殆どは新利根川に流入するため、新利根川の改修は今や轍鮒の急であり、そこで大正7年、北相馬郡1町5村、稲敷郡1町11村の町村長は力石茨城県知事及び農商務省に県費補助による新利根川改修事業を陳情しました。これを受け、茨城県は大正11年調査を開始し、地元も「新利根川改修期成同盟会」を結成し、事業採択間近というところまで進展しましたが翌年9月に不幸にも関東大震災が発生し、そのため国庫補助の目途が立たないなどから中々採択されませんでした。結局昭和2年11月まで待つことになりましたが、当時としては大事業の「県営新利根川沿岸農業水利改良事業」の採択にこぎつけ、昭和15年までに新利根川30kmにわたる堤防構築と浚渫が行われました。
ところがこの県営事業の実施中の昭和10年、13年、その後の16年と3年おきに3回もの大水害が発生したため農業経営は大打撃を蒙り、困窮はその極みに達しました。何れの水害も県営事業で造成した堤防を溢水し(昭和13年の観測では約30㎝オーバー)、排水機場も使えず長期湛水を引きおこしました。そこで中山栄一県会議員はじめ、地元リーダーの方々は惨状打開に立ち上がり、昭和17年「新利根川沿岸湛水排除期成同盟会」を結成し、国営事業による抜本的改良を目指して運動を起こしました。しかしこの時第二次世界大戦はソロモン群島ガダルカナル島で激戦があり、戦果報道が続く中その実戦況は暗転していることが漏れ伝わり、期成同盟会の運動も遠慮がちとなり、一時期は頓挫し、事業はあきらめざるを得ない状況に立ち至りました。そういう厳しい状況の中で終戦を迎えますが、戦後は状況が一転しました。即ち、百万人の引揚者の受け入れと国土復興のため、百五十万町歩の緊急開拓、既耕地210万町歩のかんがい排水事業など食料増産政策が打ち出され、新利根川沿岸が排水改良による増産効果が極めて高いことが国に認められ、大戦後最初の国営事業採択2地区のなかの1地区として国営新利根川農業水利事業(以下「国営一期事業」と略称)が採択され、昭和21年から工事が開始されました。
この国営一期事業の計画の骨子は新利根川からの溢水防止のための堤防の1m嵩上工事及び排水機場(ポンプ場)、排水路の建設です。戦後は良質な建設資材の入手が中々大変でしたが、国はもとより県、受益者一致してこれを克服し、昭和40年度待望久しい事業の完成を迎えました。
事業の効果は、関連の県営事業、耕地整理事業と相俟って約6万石の増産を見込んでいましたが、生産性の倍増と平須沼などの沼地やクリークの開田などから目標を大きく上回り、米麦8万8千石の増産が実現しました。
事業の概要は次の通りです。
事業期間 昭和21年度~昭和40年度
受益地域
江戸崎町、河内村、東村、新利根村、桜川村の水田4523Ha、畑655Ha、計5,178Ha
事業効果
米麦合わせて約8万8千石の増産
主要工事
堤防工事
新利根川堤防嵩上げ46.7km、霞ヶ浦湖岸堤防 5.7km 計52.5km
水路工事
用水路 十余島用水幹線、阿波用水幹線 4.2km
用排兼用水路
伊崎2号幹線ほか2路線 17.7km
排水路
金江津1号幹線ほか6路線 27.2km
機場(ポンプ場)工事
用水機場 太田第2機場ほか6機場 総揚水量6.45m3/sec
排水機場
伊崎機場ほか6機場 総排水量36.5m3/sec
この国営一期事業の関連事業としてこの地域西部地域で昭和26年から46年にかけて県営新利根川上流土地改良事業が実施されました。
事業概要は次の通りです。
事業期間 昭和26年~46年
受益面積
竜ヶ崎市、新利根村、河内村の2,163Ha
主要工事
用水機場4機場 (半田、羽子騎、早井、長竿)
排水機場3機場 (十角、古河林、堂前)
用水路整備
10路線 22.3km
排路整備
8路線 32km
● 国営新利根川沿岸農業水利事業
昭和30年代から食糧に対するニーズが多様化したことから37年をピークに米の消費量が減退に転じ、政府は昭和44年産米から生産調整を始めました。この地域のような水田単作にとって転作奨励金があるとは云え、生産調整即ち減反の影響は誠に大きいものがありました。
この様な社会の動向に即応しつつ生産性の高い、産業として自立し得る農業経営を確立するには、田畑輪換の可能な汎用耕地に整備しなおし、畑作を導入する等耕地の高度利用を図り米単作からの転換が重要です。加えて国営一期事業で建設したかんがい排水施設が老朽し機能低下が著しいことから昭和52年度から国営新利根川沿岸農業水利事業(以下「国営二期事業」と略称)の計画が始まりました。減反及び米価が低迷するなか、農家負担を伴う国営二期事業の実施を懸念する農家もありましたが、土地改良区は農業経営の向上には必要不可欠な事業なことを積極的に説明し合意を得てゆきました。
国営二期事業は基幹的かんがい排水施設を整備する事業で計画の骨子は次のとおりです。
① 国営一期事業で建設した施設のうち、堤防を除くかんがい排水施設、県営新利根川上流土地改良事業により建設した十角排水機場を更新し、布鎌排水機場を新設して、排水系統、用水系統を完全に分離して汎用耕地化を図ると共に用水量・排水量ともに能力アップを図る。
② 用水路は全路線パイプラインにして、施設維持管理のコストダウン、用水管理の省力化を図る。
なお、用水受益面積と排水受益面積が異なるのは、主に新利根川上流地域の用水施設が取水施設(豊田堰)用水路とも既に完成しているためです。
建設施設の概要は次の通りです。
事業期間 昭和56年度~平成4年度
関係市町村
江戸崎町、東村、新利根村、河内村、桜川村
受益面積 用水及び排水受益
4,070Ha、排水のみ受益2,960Ha、計7,030Ha
1)用水施設工事
関係土地改良区 新利根川土地改良区
用水機場 用水源は総て新利根川に依存
太田・金江津用水機場、十余島用水機場、大須賀用水機場の3機場
用水能力3機場計 12.72m3/sec
用水路
太田幹線用水路2,213m、金江津幹線用水路1,684m、
十余島幹線用水路2,166m 大須賀幹線用水路3,202m 計9,265m
(2)排水施設工事
関係土地改良区
新利根川土地改良区・豊田新利根土地改良区
排水機場
布鎌排水機場、十角排水機場、大須賀排水機場、金江津排水機場
十余島排水機場、伊崎排水機場 排水量6機場計106.8m3/sec
排水路
十角幹線排水路4.6km、大須賀幹線排水路5.5km、金江津幹線排水路6.2km
十余島幹線排水路5.5km、新川幹線排水路1.9km
伊崎幹線排水路0.8km、太田大須賀山手排水路9.3km 7路線計33.7km
(3)付帯県営事業
国営二期事業に付帯して、支線用水路、支線排水路、加圧機場等を整備する、茨城県営「新利根川沿岸地区」が昭和59年度から平成13年度に実施されました。
用水機場
結佐六角用水機場ほか8機場
用水路整備
太田東幹線用水路ほか4幹線用水路及び本新支線用水路ほか16支線用水路
排水路整備
太田幹線排水路ほか7幹線橋水路及び西代支線排水路ほか4支線排水路
平成24年は国営二期事業が完成して19年目になります。付帯して実施されてきた県営かんがい排水事業も平成13年度完成し、ここに抜本的整備が完了しました。国営二期事業で建設した施設のうち基幹施設(排水機場及び排水能力15m3/sec以上の排水路)は平成8年度創設の基幹水利施設管理事業により関係市町が管理委託を受け(稲敷市が代表して受託)、基幹水利施設以外の施設は管理委託協定に基づき、新利根川土地改良区及び豊田新利根土地改良区が委託を受け管理しています。
この間、日雨量が100mmを超える大雨が7回ほどあり、また、旱天は平成13年6月下旬から8月中旬まで約2ヶ月に10mmしか降らなかったこともありましたが、湛水被害、旱魃共に発生せずに済みました。これは偏にかんがい排水施設のきめ細かい管理運用の賜であり、念願の利水豊穣の沃野で気象に左右されない農業経営が着実に展開されてきております。
その様ななか、平成23年3月発生した東日本大震災では大きな災害を蒙りました。その被災原因は地震動自体による構造物の損傷は少なく、大半は地盤の液状化現象による地盤沈下による損傷でした。国営二期事業受益地のうち約4割に相当する3千ヘクタールに田面沈下やパイプラインの損傷が生じました。早場米地帯であり代掻期が数週間後に迫っていることから、農家はもとより土地改良区及び関係機関の皆さん直ちに田面復旧とパイプラインの応急復旧に取り組まれ大半は植え付けができましたが、470ヘクタールが残念ながら植え付けを断念せざるをえませんでした。
国営二期事業で建設した8ヶ所の用排水機場のうち7ヶ所の地盤は軟弱地盤であるためコンクリートや鋼管の杭基礎を打設してありますので機場本体(ポンプ、建屋、水槽)の損傷は免れましたが、機場の構内敷地が地盤沈下し付帯施設が数ヶ所被害を蒙りました。排水路は、大須賀山手承水路以外の低地部排水路は重量鋼矢板を打って沈下や横倒れを防止ししたので、排水路自体の損傷は免れましたが、側道部に沈下や亀裂が発生しました。パイプラインも沈下に柔軟に対応する継ぎ手を施行してありますが、地盤沈下量が大きかった結佐を通る十余島幹線用水路の一部が追随しきれず、漏水被害が発生しました。
稲敷市、河内町の農地・かんがい排水施設の復旧費は約19億円(国営二期事業建設のほか県営事業等総ての施設)と巨額ですが、平成24年度本格復旧工事完了を目指して鋭意工事が進められており、24年の稲苗の植え付けはほぼ全面積行うことができました。
参考文献
利水豊穣 関東農政局新利根川沿岸農業水利事業所
新利根川沿岸完工記念写真集 関東農政局新利根川沿岸農業水利事業所
新利根川土地改良区50年史 新利根川土地改良区
鈴木 顕著 新利根上流土地改良区沿革史
土地改良区20年のあゆみ 豊田新利根土地改良区
茨城県の歴史市町村編 茨城県
竜ヶ崎郷土史 竜ヶ崎市
東村史 東村
東洋文庫 風土記 (株)平凡社
日本古典文学大系 風土記 岩波書店
新編常陸国史 (財)宮崎報恩会
赤松宗旦著 利根川図誌 (株)岩波書店
吉田東伍著 増補大日本地名辞書 (合)富書房
渡辺一男著 ふるさと文庫 利根川と農
建設省関東地方建設局監修 大利根百話 (社)関東建設弘済会
(新利根川沿岸完工記念写真集)
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