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300年にもおよぶ大和の悲願、「吉野川分水」 -十津川・紀の川土地改良事業-
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戦後の国営事業





大和平野への分水計画



吉野川分水普請入費積り書
吉野川分水普請入費積り書
 この吉野川分水計画は、すでに江戸初期(元禄年間)、高橋佐助によって提案されています。寛政年間(1700年代後半)には角倉玄匡(すみのくらはるまさ)による実地調査、また、幕末に立てられた下渕村の農民や辰市祐興らの分水計画を元に、明治政府が現地調査も行っています。
 まさに、吉野川分水は江戸から昭和にいたる300年の間、浮かんでは消え、消えては浮かんだ大和平野の歴史的悲願だったのです。


奈良県・和歌山県 ―十津川・紀の川土地改良事業