①地域の位置
本地域は熊本県北部に位置し、菊池川(1級河川)及びその支流に開けた水田地帯と阿蘇外輪山西斜面に広がる畑作台地からなっています。
熊本市(旧植木町)、菊池市、合志市、山鹿市、大津町(旧鹿北町を除く)、の4市1町からなり、県都熊本市や阿蘇熊本空港に30分~1時間の距離にあります。
②地域の自然
本地域の中心部を流れる「菊池川」の水源は阿蘇外輪山西側であり、景勝「菊池渓谷」の名で知られ、原生林からの清流と大小の滝や瀬・渕がおりなす四季折々の景観が楽しめるとともに、
周辺一帯は野鳥の森や九州自然歩道、キャンプ場などが整備され、バードウォッチングや野外活動などに広く利用されています。
また、「日本名水百選」、「全国森林浴の森百選」にも選定されており、名実ともに西日本随一の景勝地として県内外からの観光客で賑わいを見せています。
③地域の歴史
地域の歴史は今から1万年以上前の旧石器時代の石器が菊池市から出土しており、本地域に大昔から人が生活していたことが確認されております。
縄文時代や弥生時代の遺跡は、地域全域から数多く発見され、また古墳時代の遺跡としては山鹿市の国指定史跡岩原古墳群、大津町の大林古墳群等があります。
奈良時代になると、日本書紀(690年)に大津の地名や筑後風土記(713年)に山鹿の地名が記されるなど地域が広く知られるようになりました。
平安時代(1070年)には、菊池氏初代となった藤原則隆が菊池市に館を構え、室町時代の24代まで続き、その間500年以上も地域を支配下においていました。
今も「菊池一族」を偲ぶ祭りが毎年盛大に行われております。
その後は肥後を納めた佐々成政、加藤清正、細川家のもとで治世が行われました。
④地域の史跡と文化財
古い歴史を誇る本地域には、数多くの史跡、文化財が残っていますが、なかでも地域に点在する古墳の数は多く、
肥後古代の森として「県立装飾古墳館」を中心とした整備がなされています。一方、平安、鎌倉、室町時代に至る約500年の間活躍した「菊池一族」の面影を残す菊池神社、
また明治10年の西南の役の古戦場「田原坂」等の史跡があります。この他にも数多くの地域に伝わる伝統芸能が今も引き継がれています。
①背景
本地域の菊池川流域では古くから多くの井堰が作られ、それによる水田農業が盛んに行われていました。
一方、その周囲にある台地(畑地)では天水に頼る営農が行われていましたが、干ばつに遭うことが度々あり、
また、戦後の食料不足から台地でも地下水を揚水して潅漑する開田の機運が高まり、昭和30年代には農業構造改善事業等で開田が盛んに行われました。
しかし、ポンプ揚水は深井戸であり、そのため10アール当たり電力料金など維持管理費用が当時「米1俵」かかると言われている程、効率の良いものではありませんでした。
増高する電気料金とともにポンプの耐用年数(30~40年)を超え、このため早急な更新を行うことを余儀なくされ、新たな水源確保が課題となっていました。
また、畑は雨水に依存する地域が殆どでしたが、一部地域ではハウス導入が盛んになり、鹿本地域など「すいか・メロン」が全国的に有名になっていました。
この水源も地下水依存で維持管理費が高く、ポンプの電気料金や補修など多大な費用がかかり抜本的な水源確保が課題となっていました。
地区受益面積4,682haの中で、昭和30~40年代には地下水ポンプが「177箇所」にのぼり、潅水面積も開田やハウスを合わせて1,200haにも及んでいました。
②経緯
建設省(現国土交通省)では、菊池川の「洪水防止」と「流水の正常機能確保」や農業、工業用水確保のため、
菊池川水系迫間川に「竜門ダム」を建設するための調査が昭和39年に開始され、昭和53年に筑後川からの分水「津江導水」が大分県と熊本県の議会において議決され、
昭和54年に「竜門ダム基本計画」が決定されました。
一方、昭和41年に菊池台地地区では旧2市9町1村(現4市1町)では建設省の竜門ダム調査の開始を機に「菊池台地水利用開発協議会」を設立して、竜門ダムの水利用検討を開始しました。
農林省(現農林水産省)においては、昭和41年に国営菊池台地土地改良事業の予備調査を開始し、
昭和45年から地区調査を始め昭和53年に水源を「竜門ダム」へ依存する計画をまとめました。これを受けて地元では昭和53年に「国営菊池台地土地改良事業」の申請を農林水産大臣へ行いました。
これにより国営事業は昭和54年に着工し平成9年3月に完了しました。
竜門ダムは、昭和60年に水没87世帯の補償契約が完了し、昭和62年にダム本体に着工、平成9年4月から試験湛水を開始しました。
国営菊池台地農業水利事業も、竜門ダム工事の進捗に工程を会わせ、平成9年3月に事業が完了しました。平成9年4月からは試験湛水を利用する暫定水利権で、試験通水を兼ねながら運用を開始しました。
①菊池台地の概要
事業別受益面積は下表のとおり
②主要工事は下表のとおり
③事業の特徴
本地区は、水源を建設省(現国土交通省)が実施する多目的ダム「竜門ダム」へ依存する共同事業であること。
ダムから受益地へはダムの最低水位219mから受益地標高40~380mに送水するその大半が自然圧でかんがい出来る「省エネルギー型」事業であること。
今まで地下水を揚水していたものをダムからの供給としたため地下水が保全されること。このことは近隣の熊本市など上水を地下水に依存している地区では
地下水が涵養されることになる。菊池台地用水土地改良区の試算では地区内の地下水汲み上げの減少量は年間で「約520万m3」(熊本市の水道使用量の約25日分)にもなり、
公益的、多面的機能が発揮されていると言われています。
これまで活用していた177台の揚水ポンプ電力及び維持管理が不要となり省資源(省エネルギー)になったことなど。
これに加えて、東部幹線水路では菊池川横断の水管橋を県営農道整備(菊池中央地区)事業と共同事業として実施した橋を「豊潤橋」と名付け、
毎年排泥作業として実施している放水が熊本県山都町にある「通潤橋」の現代版として地域の風物詩となっています。
④竜門ダムの概要
洪水調節
菊池川流域では、毎年のように梅雨期を中心に洪水による災害が頻発していました。最近でも、平成2年7月の梅雨前線による洪水では、
浸水家屋が約1,800戸、浸水面積が約1,230haにも及ぶ激甚な災害を受けています。大雨が降っても安心して暮らせるように、
堤防工事などの河川改修とあわせて、ダムによる洪水調節が急務となっています。
竜門ダムは、菊池川水系の上流ダム群の1つとして計画されたもので、ダム地点の計画高水流量540m3/sのうち440 m3/sを調節して
100 m3/sを放流することにより、下流の迫間川及び菊池川沿川の洪水被害の防止、軽減を図ります。
河川環境の保全
菊池川流域にはため池がほとんどないため、日照りが続けば川から水を引いている田畑や工場が極端な水不足に陥ってしまいます。
渇水時には田植え時期を上下流で互いに調整したり、工場は操業を抑制するなど、水不足の影響は深刻です。
竜門ダムは、渇水時にこれらの水利用に対して補給を行うとともに、河川の良好な自然環境を保全するために必要な水量もあわせて確保するなど、
河川流況の改善を図ります。
かんがい
竜門ダムを水源として土地改良事業が実施されている菊池川中流部の「菊池台地地区」(うてな、花房、合志の各台地)の農地約4,800haと、
菊池川下流域の「玉名平野地区」の農地約4,400haの合計約9,200haの農地に対して、かんがい用水を補給します。
工業用水
有明海沿岸の熊本県荒尾・長洲地区及び福岡県大牟田地区に対して、日量100,000m3の工業用水を補給します。
計画諸元
※参考文献:菊池川河川事務所「竜門ダム」概要書より
⑤関連事業の概要
本地区の関連事業として、県営事業26地区、団体営事業7地区があり、事業種別では下表の通りとなっています。
直接の関連事業ではないが、花房幹線水路と県営農道整備事業(菊池北部地区)の路線を同じにし、道路下埋設にすることにより社会コストの縮減を図っています。
①かんがい施設の整備による地元の意見
農林水産省が平成18年度に実施した国営土地改良事業事後評価によると、本事業により、かんがい施設が整備されたことにより、
水稲の水管理労力が軽減され、また畑作においても「事業実施前には早朝よりポンプを稼働させる必要があったが、事業実施後は給水栓が完備され、
かん水、防除作業の短縮や利便性が向上し大変助かっている。」との声が多くの農家から土地改良区へ寄せられています。
また、平成14年度のアンケート調査結果でも「地区内の約8割の農家」は本事業が営農の省力化に寄与していると回答していると報告されています。
②農業経営の変化
従来から水稲、麦、露地野菜、飼料作物などをはじめ、特に「すいか、メロンなど」の栽培に取り組まれていました。
この事業を契機にさらに整備されたかん水施設を十分活用して、新たに「いちご、アスパラガス、かすみそう、ねぎ、オクラ、セロリー、スナップエンドウなど」の高収益作物や、
短期収益型野菜の導入も図られ、農家の栽培選択肢は拡大しています。
③農業経営の安定化
本地区は熊本県の鹿本地域(山鹿市、一部熊本市「旧植木町」)、菊池地域(菊池市、合志市、大津町)にまたがっています。
本地域は県内でも農業が盛んな地域で、県内の農業算出額の25%を産出しています。
鹿本地域の「すいか」は、生産量、栽培面積とも全国一を誇る主要産物です。高品質を保持するためには肥培管理やきめ細かな水管理が必要であり、本事業のかんがい施設が「すいか、メロン」の産地形成に寄与しています。
菊池地域では従来から「かんしょ、水田ごぼう、にんじん」など栽培されており、これに加えかんがい施設の整備を契機に
「いちご、すいか、メロン、アスパラガス」など施設野菜や「オクラ」などの短期収益型野菜の導入や、「ねぎ」のブランド化が図られています。
また、菊池地域の畜産は西日本最大の酪農地帯となっています。乳用牛や肉牛の飼養に必要な自給飼料の生産が行われており、地域の畜産振興にも寄与しています
事後評価によると、土地改良施設の維持管理、運営には地元住民の理解が不可欠であり、菊池台地用水土地改良区では、
毎年2~3回近隣の小中学校へ出前授業を行い、土地改良区の役割、農業、農村の持つ多面的機能等について啓蒙普及を図るため、
管理施設の見学会を開催しています。
参加した人達から「畑にある水が遠くのダムから来ているとは思わなかった。」といった意見や「おじいちゃん達がやった(事業を実施した)から水が来たんだ。
(初めて知った)」といった声が聞かれ、農業生産活動や地域農業の歴史に関する理解が進むきっかけにもなっています。