本事業地区は、宮城県北部及び岩手県南端に位置し、登米耕土の北東部平地農村で通称仙北平野と呼ばれる県内有数の穀倉地帯である。東に北上川、西に迫川及び夏川で、南には五ケ村堀排水路、北は北上山地の岩手県山岳部に囲まれ、概ね東西8km、南北に13kmで北から南に扇状に開けた62km2の平坦な地域である。地区の勾配は、東西に1/1000~1/5000、南北に1/2000~1/5000の緩傾斜をなしており、地区を流下する北上川の流速も緩やかになっている。標高は、地区中央から東部にわたりKP11.8~9.6mの高位部が分布し、北部及び南部はKP6.9~5.3mが分布している。
関係市は岩手県一関市(旧花泉町)及び登米市(旧迫町、旧中田町、旧石越町)、となっている。また、隣接して西隣に国営迫川上流農業水利事業、南隣に国営旧迫川農業水利事業が実施された。
本地域の歴史は約5千年前の石器時代にさかのぼる。古墳等にみられる歴史の跡は、発掘調査で解明されつつあるが昭和53年に発見された石森地区の横穴古墳からは、宝石で作られた装身具(首飾り)、帯につけられた金具等が発見された。これは朝廷より叙任される官位の印綬をともなったものとも思われ、1200年位前印綬を帯びるほどの豪族が住んでおり、当時の中央政府との交渉が深かったことが想像される。
また、旧中田町には、石森地区の横穴式古墳の他に、大泉に古代住居、遺跡、浅部に貝塚があり、古代史の解明に重要な学術的価値の高い遺跡が発見されている。
旧中田町は、藤原秀衡の臣、猪塚修理清明が居をかまえたが、1189年(文治5年)に藤原泰衡が源頼朝に敗れ、平泉落城するに及んで石森の館を退いた。その後、清明が去って1221年(承久3年)葛西氏の豪臣、石森右近将監、康次が石森地区に居をかまえ中世豪族として発展した。1590年(天正18年)豊臣秀吉、小田原出陣に対し葛西左京太夫晴信が参陣しない理由で所領を没収され没落した。その後、伊達家の家臣、笠原出雲隆康が1644年(寛永21年)に岩手の江刺角懸村から石森に替地し、笠原城を中心に城下町として発展させた。以来、笠原氏が石森邑主となって明治維新となる。さらに、1956年(昭和31年)石森町、宝江村、上沼村、浅水村の4町村が合併し中田町が誕生し、2005年(平成17年)迫町、石越町、南方町、中田町、豊里町、東和町、米山町、登米町、津山町の8町が合併し、登米市が発足した。
登米市中田地区は地形的にも平坦なる水田地帯であり、過去には北上川、迫川の洪水による被害も多く、登米郡史によると鎌倉時代から現在までの間に230回の洪水が記録されており、度々洪水による壊滅的打撃を受け、流域の農民の歴史は洪水との戦いの歴史でもある地域である。
中田地区の水稲栽培の歴史は古く、1947年(昭和22年)カスリン台風による洪水によって発見された大泉遺跡から稲の種子が発見され、縄文時代からの水稲栽培が確認されて3千年の歴史を持つ地域である。
近代になり、地区のかんがい用水源は池沼が主たる施設であり、人工沼である中田沼、小中田沼及び又六堤、自然の沼である諏訪沼などを利用し水源としてきた。しかし、かんがい施設としては不十分であり、長年に亘り改修が望まれてきた。
北上川右岸に1771年(明和7年)潜穴を掘り直接河川水を取水したりが河床変動、潜穴底の土砂堆積などのため、かんがい用水の不足をきたし、田植え時期を失ったり、水争いなども起こる状態であり、その打開策として北上川を水源とする大泉揚水機場が1908年(明治41年)に完成している。
(1)中田沼、小中田沼及び諏訪沼の干拓
中田沼及び小中田沼は北上川の右岸に位置し、地区内の水田の最高位にあり平地に堤防をめぐらした人工的なため池で水深僅か1m内外の皿池で、水源はいずれも岩手県西磐井郡永井村地内の高倉山の渓谷から流出する沢水で山脚に潜穴を掘り導水していたもので、築造年次は不明である。
中田沼は面積541ha(宮城県499ha、岩手県42ha)で、上沼、石森、宝江の3村の水田1185haに、小中沼は面積41haで、上沼、浅水の2村353haへそれぞれ配水していた。
1906年(明治39年)12月に、登米郡の各村長は中田沼、小中田沼の貯水を廃止し、これを開発して良田を得るとした議案を臨時の郡議会へ提案した。
一、本郡上沼村、石森町に跨る官有中田沼を開墾すること。
二、蒸気機関揚水法により北上川より揚水すること。
以上を郡事業として起工することを議決し、この開墾建議書を当時の亀井宮城県知事に提出して事業施行のスタートとなった。
工事は中田沼に代わるかんがい用水の水源を北上川に求め、その取水口の工事に始まり、取水口から大泉機場までの水路を小名倉山脚に220m開削した。大泉機場には、水路出口の観音堂前に貯水池を設け、蒸気機関(300馬力)によって北上川低水面から約4mの高さに揚水するポンプを設置し、中田沼、小中田沼干拓地の新田461haと石森、上沼、宝江、浅水の2,992ha及び岩手県花泉町永井地内の100haへかんがいした。干拓新田の耕作は、付近町村の住民916人に小作させた。また、工事の設計及び監督は、県技師杉野茂吉、技手大窪菊五郎が担当、工事の総額は142,000円、うち7,600円は県補助との記録が残っている。
諏訪沼は、太古北上川の乱流の一低地帯として放置され、水田の開発とともに用水ため池の役目を担い、また余剰水の遊水地としての役目を果たしてきた。1961年(昭和36年)中田町は農林省所管補助事業の農山漁村総合対策事業として干拓事業を同年12月着工、1963年(昭和38年)完工、諏訪沼は12haの水田に生まれ変わり、周辺農家へ配分された。
(2)大泉揚水機場
中田沼、小中田沼干拓事業の一環として新たな水源確保のため、1907年(明治40年)に着工された。揚水場及び蒸気円筒機械の設計工事の監督は、仙台高等工業学校(現 東北大学工学部)教授神谷竜彦氏に嘱託し、その工事の一切を東京麹町区八重洲町 有限責任ゼームスモリン商会に請負、汽管煙筒及び給水機の製作並びに機械の据付は、東京京橋区築地月島平野鉄工所が担当し、1908年(明治41年)6月に試運転を実施し期待通りの効果を得、完成となった。
<揚水機>
機 関:ランカシャー式直径2.3m
汽 機:直立直動連成機関 3台
馬 力:300馬力
水 管:直径 700mm
揚水量:2.8m3/s
揚 程:7.6m
1927年(昭和2年)に電気が導入され、モーターポンプ160馬力3台に更新された。
ポンプ:真空口径 850mm×160PS×3台
最大取水量:Q=4.850m3/s
(3)水越揚水機場
水越揚水機場は、畑地開田事業によって佐沼、石森、宝江、浅水及び上沼の500haを整理、開田のかんがい用水施設として、北上川右岸浅水村水越に設置したもので、1933年(昭和8年)から稼働している。
1942年(昭和17年)には、第二次世界大戦の影響によって、油脂類の供給が断たれ、これを機に「ディーゼルエンジン」を「モーター」に切換、減速機の介在によって「ポンプ」に連結する方式を採用したが、両者の機能が不釣合であり、揚水機能に不安を生じるものとなっていた。このため、1951年(昭和26年)に300馬力のモーターに切換、減速機を除いてポンプと直結する方式に改良を行い、揚水への不安は解消された。
その後、北上川堤防拡張工事のため約15m堤内側へ移転しなければならないとして、総工費2,400万円の建設省直営工事として、1955年(昭和30年)11月に着手し、昼夜兼行の突貫工事にて翌年5月末に一切の工事を完了、6月2日から揚水機を稼働させ、稲作に支障を生じることの無いよう実施された。
<揚水機>
ポンプ:両吸込渦巻ポンプ 口径 1,050mm 1台
モーター:220KW 1台
揚水量:Q=2.087m3/s
本土地改良区の地域は、旧宮城県登米郡中田町を中心に北部は旧岩手県花泉町、南部は旧登米町、東部は北上川に接し、西部は旧迫町、旧石越町の各々一部を含む2県6町に跨る北上川と迫川、夏川に挟まれた東西8km、南北13kmに亘る平坦な地域である。
本地区のかんがい用水は中田沼の貯水池よりかんがいされていたが、1908年(明治41年)に郡営にて中田沼を干拓し大泉揚水機場を設置し、北上川を主水源として揚水が開始され、その管理は中田沼町村組合、石越町外四ケ村組合、中田町外二町組合と変遷を経て、1973年(昭和48年)設立の北上川中田地区土地改良区に引継がれ管理運営されてきた。
一方、本地区の排水管理は五ケ村組合と中田沼町村組合により行われていたが、五ケ村排水地区においては、1909年(明治42年)に登米町外三ケ村組合が組織され、五ケ村堀から迫川に排水されていたが、1937年(昭和12年)と1946年(昭和21年)に2台の排水機を新設、自然排水に加え機械排水を行い、その後、迫川等周囲の状況の変化により低地帯において連年湛水被害が著しく、1953年(昭和28年)に登米郡五ケ村堀土地改良区を設立、県営事業により1928年(昭和3年)から1938年(昭和13年)にかけ五ケ村堀排水機場と幹線排水路の改修が行われた。
石森排水地区については、中田沼町村組合と五ケ村組合に所属していたが、中田沼干拓に伴い中田沼の排水は大水門により北上川に自然排水されることになったが効果的ではなく、1945年(昭和20年)に県営事業で中田沼の排水を夏川に排水すべく二ツ木排水路が造成されたが、湛水被害が甚大で初期の目的が達成できないことから、1954年(昭和29年)に中田町外三町土地改良区を設立、1955年から1970年(昭和45年)にかけて県営事業により糖塚、西田、細谷の3排水機場と幹線排水路が新設改修された。その他、上沼の東部地帯の排水は、大水門により北上川へ自然排水され、また迫町の一部が森越戸組合によって自然及び機械排水されている。
以上、幾多の変遷を重ね用水事業については北上川中田地区土地改良区、登米郡開田土地改良区、排水事業にあっては登米郡五ケ村堀土地改良区と登米郡中田町外三町土地改良区が各々目的を異にして管理運営にあたっていたが、管理区域並びに水系は4土地改良区とも密接な関係にあり、しかも本地区4,480haのうち、登米地区173ha、米山地区39ha以外は、北上川中田地区土地改良区の地域と全く重複しており、維持管理上は勿論、経費負担においても不合理な点が多々あるばかりでなく、国県営用水改良事業及びほ場整備事業の事業計画上からしても合併を行い、維持管理体制の一元化と合理的な土地改良区運営を行うべく、合併推進協議会を発足、1977年(昭和52年)3月東北農政局から「北上川沿岸中田地区土地改良区」として設立認可を得て、現在まで至っている。
(1)事業に至る経緯と沿革
本地区の農業用水は、水源を北上川に依存し大泉及び水越揚水機場によってかんがいしているが、揚水の絶対量が不足している上に、機場の老朽化による機能低下が著しく、また地区内用水路は用排水兼用の不整な土水路であり、管理も困難なうえに用水不足の原因ともなっている。
地区内の排水にあっては、県営かんがい排水事業が実施され夏川、迫川に自然排水、機械排水されているが、施設の老朽化や水路法面崩壊などにより排水機能の低下が顕著で、度々湛水被害が生じている。
さらに、地区内の不整な農地を関連事業としてほ場整備事業を実施し、農業経営の安定化と近代化を目指すものである。
(2)事業概要
(ア)事業名・地区名
| 事業名: |
国営かんがい排水事業 |
| 地区名: |
中田地区 |
(イ)要旨
本事業は、中田町外3町の水田4,170haの用排水改良と畑210haの排水改良を行う。
このため、大泉及び水越の両揚水機場改修と幹線用水路3路線の改修、統廃合を行って、農業用水の安定的な確保、供給を図る。
また、糖塚及び西田の両排水機場改修と幹線排水路の2路線の改修を行って、汎用耕地化の促進を図る。
(ウ)事業別面積
(エ)事業期間
昭和47年度 ~ 昭和62年度
(オ)総事業費
10,910百万円
(カ)営農計画
水田の用排水分離と基盤整備を行い、機械化体系に基づいた稲作生産の組織化と省力化を図るとともに、一般水田の畑利用化を行い、水稲を主体とし野菜等との複合経営を指向する。
営農改善の方向としては、水田、畑ともに大、中型機械化体系の確立を図り、農業の近代化を推進し、農業経営の安定化を図る。
(キ)用水計画
| ・計画基準年 |
昭和42年(かんがい期河川流量1/10) |
| ・かんがい方式 |
水稲 |
湛水かんがい |
| |
畑 |
うね間かんがい |
| ・かんがい期間 |
水稲 |
5月10日 ~ 9月6日(120日間) |
| |
代掻き |
5月10日 ~ 5月24日(15日間) |
| |
畑 |
5月10日 ~ 9月6日(120日間) |
| ・減水深 |
水稲 |
受益地区 計画減水深 |
| |
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不可避地区 現況減水深 |
| |
畑 |
減水深 4.0mm/day (5,6,9月) |
| |
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5.0mm/day (7,8月) |
| |
|
間断日数 5日 |
| |
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TRAM 25mm |
| ・有効雨量 |
佐沼観測所 |
| |
水稲 |
5.0 ~ 80.0mm/dayの80% |
| |
畑 |
5.0 ~ 40.0mm/dayの80%(TRAMまで) |
| ・面積 |
|
|
|
| ・水路損失率 |
水田 |
15% |
| |
畑 |
4% |
| ・稲作転換 |
転作率 |
23.7% |
| |
畑作利用年数 |
1年 |
| |
還元田割増率 |
1年目:1.6 2年目:1.3 |
(ク)排水計画
| ・計画基準雨量 |
165mm(3日連続雨量 1/10) |
| ・計画排水方式 |
自然排水、機械排水 |
(ケ)主要工事計画
・用水施設
1)揚水機
大泉揚水機 |
揚水量:10.0m3/s 全揚程:9.2m 実揚程:8.6m
形式:横軸斜流 口径・台数:1,300mm×3台
原動機形式:モーター 動力・台数:420kw×3台 |
水越揚水機 |
揚水量:3.75m3/s 全揚程:8.6m 実揚程:8.0m
形式:横軸斜流 口径・台数:900mm×2台
原動機形式:モーター 動力・台数:225kw×2台 |
桜場揚水機 |
揚水量:1.46m3/s 全揚程:2.2m 実揚程:1.6m
形式:横軸軸流 口径・台数:500mm×3台
原動機形式:モーター 動力・台数:18.5kw×3台 |
※桜場揚水機揚水量は、大泉揚水機の内数
2)用水路
| 大泉導水路 |
通水量:10.0m3/s 総延長:0.2km 構造:トンネル |
| 大泉幹線用水路 |
通水量:10.0m3/s 総延長:11.5km 構造:コンクリート三面張 |
| 石森幹線用水路 |
通水量:2.34m3/s 総延長:1.9km 構造:コンクリート三面張 |
| 水越幹線用水路 |
通水量:3.75m3/s 総延長:4.1km 構造:コンクリート三面張 |
3)排水機
糖塚排水機 |
排水量:3.5m3/s 全揚程:3.4~4.1m 実揚程:2.9~8.5m 形式:横軸斜流 口径・台数:600mm×1台
形式:横軸軸流 口径・台数:800mm×1台 形式:横軸軸流 口径・台数:900mm×1台
原動機形式:モーター 動力・台数:45kw×1台 原動機形式:エンジン 動力・台数:90ps×1台
原動機形式:エンジン 動力・台数:120ps×1台 |
西田排水機 |
排水量:3.5m3/s 全揚程:3.3~3.8m 実揚程:2.8~8.3m 形式:横軸斜流 口径・台数:600mm×1台
形式:横軸軸流 口径・台数:800mm×1台 形式:横軸軸流 口径・台数:900mm×1台
原動機形式:モーター 動力・台数:45kw×1台 原動機形式:エンジン 動力・台数:85ps×1台
原動機形式:エンジン 動力・台数:110ps×1台 |
4)排水路
| 糖塚幹線排水路 |
排水量:17.2m3/s 総延長:1.9km 構造:コンクリートブロック |
| 桜場幹線排水路 |
排水量:9.9m3/s 総延長:3.1km 構造:コンクリートブロック |
(3)用水管理施設
(ア)水管理制御システム導入の目的
用水系統は大泉水系、水越水系の2系統で構成され、幹線用水路3路線総延長17.5km及び付帯施設によって地区内に配水されている。
これらの2系統の用水施設は、複数の路線が相互に関連しており、上流域、下流域に必要水量を均等に配水し、溢水等の災害を防止して安全な管理を行うためには、それぞれの施設が一元的に管理され地区内用水系統の機能が十分に発揮できることが重要である。
このため、中央管理所を設置し、揚水機場、幹線用水路、主要分水工の水位、流量等の情報を収集して的確な操作指示を行い、常に用水を安全、適正にかつ均等に配水するため水管理制御システムを新設するものである。
(イ)導入要因
・取水規制の強化
1)水源地帯の状態変化に伴う枯渇化
2)生活レベルの向上に伴う水利用の増加
3)農業環境保全のための雑用水の確保
などのため、規制強化の可能性が大きく、さらに効果的な水質源の管理が望まれる。
・安全性の確保
1)塵芥混入による水路の溢水対策
2)異常出水時の的確な放水操作
などによる安全性の確保が望まれる。
・公平、的確な配分
1)大泉、水越両水系の別個管理による意思決定の遅滞あるいはトラブルの解消
2)用水系全体の現状把握の的確化、迅速化による公平な配分
3)需要量の変動や流達時間遅れなどへの的確な対応など地区内へのサービス性の向上
・人件費の増大
1)操作業務が煩雑
2)管理対象施設が広範に分布されていることなどによる人件費増大の解消とそのための合理化が強く望まれる
・管理の高度化
1)データ精度向上、同時性のあるデータの収集記録等による管理の高度化
2)施設異常の早期発見
なども既述の各要因との関係が大きく、その実現性が強く望まれる。
(ウ)導入効果
1)用水管理の一元化により現状把握と意志決定の統一化が可能となり、迅速かつ的確な水資源利用が図れる
2)渇水あるいは異常出水に対する安全性の向上
3)公平な水の配分
4)需要量の変動等への対応の効率化
5)操作、データ作成、維持管理要員の節約による人件費の節減
6)施設異常の早期発見による災害の未然防止
(エ)施設概要
・親局 1局(中央管理所)
・子局 8局(大泉P、水越P、桜場P、分水工5か所)
・孫局 4局(分水工4か所)
・中央管理所機器構成
データ処理装置 1式
プロセス入出力装置 1式
コンソール入出力装置 1式
ロギングタイプライター 3台
グラフィックパネル 1式
TM/TC親局装置 1式
監視操作卓 1式
入出力中継装置 1式
中継端子盤 1面
分電盤 1面
(4)事業実施における営農への効果
本地区は、かんがい用水に清流北上川を要する好立地条件に恵まれながらも、大泉・水越両揚水機場の能力不足と老朽化に加え、地区内の水路は用排水兼用の土水路であるため、適切な用水配分は困難を極め、さらに渇水時には北上川の一部を仮締切して臨時のポンプにより急場を凌ぐ等、長年苦しみを重ねてきた。
本事業の実施により安定的に用水にあっては用水路及び揚水機場の改修、用水中央管理所の新設によって、劇的に改善が図られ、排水に至っても排水路の改修、排水機場の更新により水害の不安からの解消が図られた。
さらに、畑地においては、これまで天水に頼って営農を行っていたが、本事業実施において安定的にかんがい用水の確保が図られる。登米市特産のキャベツのほか野菜の栽培においても天候に左右されることのない安定した営農、収量の増収等による効果の発現、新しい野菜の特産化にも期待がかかっている。
(1)施設整備事業
(ア)目的
中田地区の基幹的な農業水利施設は、国営中田土地改良事業(昭和47年度~昭和62年度)によって造成されましたが、水管理施設は造成後40年程度が経過しており、予備品の在庫や機器そのものの製造が終了し交換部品の調達が困難になるな ど、農業用水の安定供給に支障を来しているとともに、施設の維持管理に多大な費用と労力を要している。
このため、二期事業において老朽化等により機能低下した水管理施設の整備を緊急的に行うことによって、農業用水の安定供給及び施設の維持管理の費用と労力の軽減を図り、農業生産性の維持及び農業経営の安定化に資することを目的とするものである。
(イ)整備概要
| 水管理施設 |
1式 ・・・ 親局、子局、孫局の更新、排水機場の遠方操作化 |
| 関連事業 |
県営造成施設である糖塚排水機場の河川排水樋門のゲート電動化に伴う巻上げ機等の改修 |
(ウ)事業工期 令和5年度 ~ 令和7年度
(2)二期事業への準備(地域整備方向検討調査)
国営中田土地改良事業(昭和42年度~昭和62年度)によって、基幹的農業水利施設が造成されましたが、造成後約40年以上が経過し、施設の老朽化が著しく施設の維持管理に支障を来している。
このため、施設の改修を主目的として事業実施に向けて、地域課題の把握や把握した現況や課題を踏まえ、事業実施地区の範囲を概定したうえで、整備構想の策定、事業費、事業効果の概略算定、地元の意向確認を行い、地区調査の実施の可能性を検討する地域整備方向検討調査が進められている。
引用文献
1.事業誌 中田 昭和63年3月 東北農政局中田農業水利事業所
2.国営土地改良施設整備事業「中田地区」パンフレット 東北農政局北上土地改良調査管理事務所
参考文献
1.東北農政局北上土地改良調査管理事務所ホームページ
2026年10月23日公開