会津地方は福島県の西寄りに位置し、東側を奥羽脊梁山脈に、西側は越後山脈に囲まれた地溝性盆地であり、そこに開ける約15,000ha(南北約40km、東西約12km)の豊かな農業地帯である。
気候は、裏日本型であるが盆地特有の内陸性気候であり、冬は根雪に覆われるが、夏は日照時間が長いなど四季の変化が大きく作物の生育に適した地域である。
盆地の南東端から流入する一級河川大川(阿賀野川本流阿賀川)は、盆地の中央やや北寄りのところで北西に向きを変えて越後山脈を横切って新潟平野に入り阿賀野川となる。この間、南西端から鶴沼川、北から濁川、田付川及び大塩川などが合流し、東から流入する日橋川は猪苗代湖より流下している。
これらの河川は、山地からの流出により扇状地や平均標高200mの肥沃な沖積平野を造ったが、その後も川筋が定まらず、氾濫を繰り返し、人々は水の脅威と戦い永年稲作を中心とした営農を展開してきたのである。
(1)会津の歴史
会津に人の住み着いた形跡は古く、盆地周辺の台地からは新石器時代に当たる打製石器や縄文各期の土器その他の出土が見られる。定住がはじまり水稲栽培が伝えられたとされる弥生時代の遺跡は、本地域の緑辺で会津若松市、西会津町、会津坂下町などの山麓の遺跡のほか、集落付近からも土器の出土があり、周辺台地から平地へと集落が移る傾向がうかがえる。この頃の伝承を記す「古事記」には、崇神天皇の御代、大昆古命が北陸側から建沼河別命が関東側から征伐を進めて、この地で往き会われたので「相津」と名付けたとある。相津はのちに「会津」と改められるが、弥生後期に当たるこの時期、すでに中央との関係が強い要地であったことを示している。
当時の稲作は北陸の方から阿賀野川沿いに伝わったと考えられているが、厳しい気象条件から生産力は低かったものと想定され、やがて鉄製農具の移入によって生産が増大することとなった。
会津は、奈良時代以降幕末に至るまで、様々な支配を次々に受けながら、会津の農村では村が形成され、稲作を主に、特産として漆や蚕などを生産し、新田の開発を行い、用水を開き、それらの生産を拡大している。
川が多く、もともと水が豊富な会津盆地であったが、時代が進むにつれて次第に水不足問題が表面化するようになり、明治に入ると農業は、富国強兵を支える重要な国策として位置付けられ、全国各地で大規模な用水事業、台地の開発及び干拓などが国営事業として行われるようになった。
一方、会津盆地でも、水不足が現れていたものの、国営で事業を行う地域としては優先順位が低かったものと考えられる。
(2)会津地域土地改良事業の経緯
この地域に農地が急速に拡大するのは藩政前後からといわれ、それに伴って大川水系を水源とする用水系統は、一応は確立されていたようであるが、その時の開発行為は、低平な水田適地から進められたため、水路は錯綜し、受益も系統だったものとはなっていなかった。その後は緩やかに開発が進められるとともに、部分的な用水系統の修正は加えられたものの、抜本的なものには程遠いものであった。
この会津に本格的な土地改良事業の槌音が響いたのは、大正12年度に政府が用水改良事業補助要綱を定めたのを契機として、昭和4年度に事業着手した県営大川筋農業水利事業が最初である。
しかし、この事業は、会津全域を対象としたものではなく、大川筋1,780haの水田に限定したもので、抜本的なものではなかった。
このため、低湿地帯の大部分は大川の洪水の影響や地区内排水河川の断面狭小が原因で、洪水被害が蓮年のように繰り返される一方、用水は水源不足から反復利用や地下水に依存していたのに加え、井堰は老朽化による漏水が甚だしく、用水路は昔ながらの状況にあって、一部地域は用水不足にも悩まされてきたのである。
このような状況にあって、この地域の農業の近代化を図るためには、用排水施設の抜本的改善が地元関係者の永年の悲願でもあったことから、昭和39年に県の要請を受けて、国は「阿賀野川水系調査」を9カ年の期間を設定し開始した。
この調査の目的は、①水利用と開発可能地の実態把握、②農業用水の将来の需要量と利用可能量の検討、③農業開発地域の地区計画を概定し、有効適切な水利計画を樹立し、地元の要請に応えることであり、国営事業推進の基礎的な水利現況、水源流量、取水量、水田単位用水量、土壌、その他諸調査が実施された。
水系調査の進捗状況を見極めながら、福島県知事は昭和41年5月に地元要望の高い北部と南部を一地区とする会津地区の直轄調査を国に申請した。国はこれを受けて昭和42年度に水系調査を実施していた喜多方、大川、日橋川団地を一地区とする直轄調査に着手し、昭和44年には、調査の進んでいた喜多方団地を分離独立させ、「会津北部地区」として地区調査を完了させるとともに、大川団地は「会津南部地区」として引き続き調査を進め、昭和49年度に地区調査を完了させたものの、日橋川団地は水系の違いから調査を打ち切る方針とした。
また、水系の違いから宮川団地西部の水田地帯は、「会津宮川地区」として昭和46年度に地区調査を開始し、昭和52年度に完了させた。
(3)県営大川筋農業水利事業
昭和4年度から昭和25年度にかけて実施された本事業は、会津南部地区の農業水利施設について、江戸時代から修復を繰り返してきた施設を再編整備した事業である。
当時の大川は、日照が続くと干ばつ状態となって取水量が不足し、大雨が降ったり長雨が続いたりすると出水して激流は堰枠などを押し流し、年々堰の復旧に多大な費用と労力を要するとともに、対岸との水争いもしばしば発生する状況であった。
このため、本事業では、大川右岸の門田堰及び松堰と左岸のうつろ堰、本郷堰及び岩崎堰の各取水口を廃止し、馬越地点に堰堤を新設して統合取水しようとするものであった。
事業は、昭和4年度に着手され、昭和12年の日華事変の勃発に始まる戦争で工事中断、昭和22年9月のキャサリン台風による災害の発生で工事の一時中止を余儀なくされたが、昭和25年度にようやく事業の完成に至った。
会津南部地区の全水利系は、本事業によっていよいよ仕上げの段階に入っている。この地に稲作が行われるようになって以来、千年の歴史を数え、この間多くの先人が水利を整えるために努力を重ねてきており、多くの人々の献身が用水を支えてきたことは顕彰されるべきであり、磐梯山を仰ぎ、会津の風物に愛着と誇りを持つ人々が、大川の流れに接するたび、これら水利施設の歴史に思いを馳せ、それを造り維持していることに一層の理解を深め、現在の事業において結実することを期待するものである。
(4)前歴事業(会津南部農業水利事業)
会津南部地区は、昭和初期に県営事業で造成された取水施設である馬越頭首工や左右岸の幹線用水路は、災害復旧工事などにより逐次改修を行いその機能の維持に努めてきたが、老朽化が進行し維持管理費の増嵩と安定した取水を困難にし、不足水を地区内の地下水や残水で辛うじて賄ってきた。
このような状況を抜本的に解消するため、本事業では、不足する用水を大川ダム(特定多目的ダム:建設省)に依存し農業用水の安定供給を図り、取水施設を統廃合し馬越頭首工の改修と富川頭首工を新設するとともに、門田幹線用水路及び大川幹線用水路の改修、富川幹線用水路を新設することにより用水利用の合理化を図り、併せて、関連事業により、ほ場整備の促進と末端用排水施設の整備を行い、機械化農業の進展による生産性の向上と経営の安定を図ることを目的に実施された。
〇水源である大川ダムの概要
大川ダムは、会津若松市の南方17km、阿賀野川水系阿賀川に建設された多目的ダムである。
大川ダムの計画は、阿賀川の度重なる洪水の発生を契機として、河川全体の治水計画の見直しが行われ、その改修計画の一環として直轄によるダムの施行となったもので、洪水調節機能のほか、水道用水や工業用水を確保するとともに、会津盆地の阿賀川沿岸の農地に対する農業用水の補給、ダム式及び揚水式発電を行うものである。
このように、前歴会津南部農業水利事業の完成をもって、本地区の水不足の戦いは一応の決着がついた。しかしながら、これまでの度重なる異常渇水やとりわけ平成30年の異常渇水により、隣接する会津北部地区日中ダム及び会津宮川地区新宮川ダムの貯水率が0%になるなど異常渇水が今後も起こらないとは限らず、自前のダムをもたない本地区においては、水を大切に使わなければならない状況に変わりはない。
本地区は、福島県西部に位置し、会津若松市、河沼郡会津坂下町、湯川村及び大沼郡会津美里町にまたがる4,320haの水田地帯である。本地区の営農は、水稲を中心に、水田の畑利用による小麦、そば、大豆、野菜等を組合せた農業経営が展開されており、県内有数の農業地帯である。
関係市町村における農業状況は下記のとおりである。
(1)会津若松市
会津若松市の主な農産物は、水稲、麦、そば、大豆、野菜、飼料作物等であり、近年、高収益作物であるトマト、アスパラガスなどの園芸作物、リンゴや会津身不知柿などの果樹及びトルコギキョウやストックなどの花卉への転換について一定程度の進捗が見られる状況である。
なお、会津若松市は、「米どころ・水どころ」であり、肥沃な大地と清廉で豊富な水、盆地特有の寒暖差が大きい気候など、農業に適した条件が揃い、会津のコメは市場でも高く評価されている。
(2)会津坂下町
会津坂下町の主な農産物は、水稲、麦、そば、大豆、野菜、飼料作物等であり、近年、高収益作物であるトマト、アスパラガス、キュウリなどの野菜、ぶどう、リンゴ、モモなどの果樹及びトルコギキョウ、ストック、宿根カスミソウなどの花卉について産地化を目指している。
なお、町の東部平坦地は、豊かな水資源に恵まれた肥沃な土地を形成しており、会津盆地の穀倉地帯として、コシヒカリの銘柄米の産地となっている。
(3)会津美里町
会津美里町の主な農産物は、水稲、麦、そば、大豆、野菜、飼料作物等であり、近年、高収益作物であるアスパラガス、キュウリ、トマト、サヤインゲン、ネギなどの野菜、リンゴ、ブドウ、モモなどの果樹及び菊、カスミソウなどの花卉について産地育成を目指し推進している。
なお、北部に広がる平野部と南部を覆う山間地からなり、肥沃な土壌の平野部は主として水田として利用され、山間地は高田梅や朝鮮人参など特徴的な農産物を栽培している。
(4)湯川村
湯川村の主な農産物は、水稲、麦、そば、大豆、野菜、飼料作物等であり、近年、高収益作物であるキュウリ、トマト、アスパラガス、ネギなどの野菜、菊、アリストロメリアなどの花卉などの生産拡大を目指している。
なお、コシヒカリをはじめとした湯川村のコメは、日本一の食味を有しており、コメの反当りの収穫量は県内一を誇っている。
(1)事業名・地区名
事業名:国営かんがい排水事業
地区名:会津南部地区
(2)事業の目的
本地区の基幹的な農業水利施設は、国営会津南部土地改良事業(昭和52年度~平成5年度)により造成されたが、事業完了後20年以上が経過し、経年的な施設の劣化等により、頭首工においてはコンクリート構造物及びゲート等の施設機械設備、幹線用水路の老朽化が著しく、農業用 水の安定供給に支障を来しているとともに、維持管理に多大な費用を要している。
このため、本事業では、頭首工、幹線用水路の改修等を行うことにより、農業用水の安定供給と施設の維持管理費の軽減を図り、農業生産性の維持及び農業経営の安定に資するものである。
(3)受益地域及び受益面積
関係市町村:福島県会津若松市、河沼郡会津坂下町、湯川村及び大沼郡会津美里町
受益面積:4,320ha(水田)
(4)事業期間
平成27年度~令和6年度(10年間)
(5)総事業費
82億円(平成25年度単価)
(6)主要工事計画
| ①頭首工:馬越頭首工 |
フィックスドタイプ固定堰 |
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堤長:93.4m(固定部75.2m、可動部18.2) 堤高:5.5m |
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魚道:B4.0m×L45.8m(左岸)、B3.0m×L44.8m(右岸) |
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取水量:8.31m3/s(左岸)、 5.67m3/s(右岸) |
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改修内容:固定堰、擁壁、魚道、土砂吐ゲート、管理施設等 |
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| 富川頭首工 |
フローティングタイプ可動堰 |
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堤長:60.0m(可動部60.0m) 堤高:1.5m |
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魚道:B4.5m×L21.0m(左岸) |
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取水量:4.40m3/s(左岸) |
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改修内容:取水門ゲート、土砂吐ゲート、洪水吐ゲート、魚道等 |
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| ②幹線用水路 3条 L=11.5km |
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| 大川幹線用水路 |
L=1.3km(開渠L=1.0m、トンネル他0.3km) |
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水路構造:コンクリート傾斜壁型、コンクリート直壁型、 トンネル、暗渠 |
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付帯施設:水路橋 1箇所 |
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最大通水量:8.31m3/s |
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改修内容:取水工、トンネル、水路橋、開水路の改修等 |
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| 門田幹線用水路 |
L=5.8km(開渠L=3.4km、トンネル他2.4km) |
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水路構造:コンクリート直壁型、管水路、暗渠 |
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付帯施設:サイホン2箇所、調圧水槽16箇所、落差工5箇所 |
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最大通水量:5.67m3/s |
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改修内容:取水工、トンネル、開水路、管水路の改修等 |
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| 富川幹線用水路 |
L=4.4km(開渠L=1.5km、トンネル他L=2.9km) |
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水路構造:コンクリート直壁型、管水路、暗渠 |
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付帯施設:サイホン1箇所、調圧水槽6箇所、落差工2箇所 |
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最大通水量:4.40m3/s |
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改修内容:開水路、暗渠、管水路の改修 |
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| ③水管理施設 |
遠方監視制御 親局、子局及び孫局 1式 |
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改修内容:水管理システムの更新 |
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| ④小水力発電施設(新設) |
形式:横軸プロペラ水車 1台 |
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常時発生電力34(kw)、年間発生電力347(Mwh) |
(7)共同工事
・協定書:会津南部地区にかかわる共同施設の管理に関する協定書
・共同事業者:会津若松地方水道用水供給企業団(水道)及び東星興業株式会社(発電)
・対象施設:馬越頭首工、大川導水路、水管理施設
| ・負担割合(工事): |
馬越頭首工:農水94.8%、水道0.7%、発電4.5% |
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大川導水路:農水95.5%、水道0.0%、発電4.5% |
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水管理施設:農水94.9%、水道0.6%、発電4.5% |
| 負担割合(管理): |
馬越頭首工:農水49.0%、水道2.0%、発電49.0% |
(1)農業生産性
本事業の実施により、老朽化していた頭首工、幹線用水路が改修され、農業用水の安定供給が図られるとともに、維持管理における費用と労力の軽減が見込まれる。
また、地域の特性を生かした稲作、水田の畑利用による麦、そば、大豆及び飼料作物等の生産が維持されるとともに、近年、高収益作物である野菜類、花卉などの生産拡大による複合経営の展開が継続されることが見込まれる。
(2)その他の効果
本事業の実施により、水田や畑は、大雨を一時的に貯留するため、洪水防止の機能があり、貯留した雨水等は、一部は排水路から河川に流れ、一部は時間をかけて地下へ浸透し湧出して河川へ流出する。このことは、河川の流量を安定させる効果や地下水涵養効果が見込まれる。
また、斜面の田畑は、日々耕作されることにより土壌浸食防止機能や土砂崩壊防止機能などの効果が見込まれる。
(1)地域環境の概況
本地域は、福島県西部に位置し、会津若松市ほか2町1村にまたがる水田地帯であり、一級河川阿賀野川水系阿賀川の両岸に展開する水田により田園景観が形成されている。
また、地域の一部は、優れた自然の風景地として大川羽鳥県立自然公園に指定されている。
地区内の農業水利施設及びその周辺では、ウケクチウグイ、モモジロコウモリ等多くの生物の生息が確認されている。
(2)環境配慮計画
本事業においては、関係市町村が作成した田園環境整備マスタープランとの整合を図り、本地域の生態系や景観との調和に配慮することとしている。
具体的には、頭首工、幹線用水路調圧水槽等の整備に当たっては、施設の色彩について周辺景観との調和に配慮することとしている。
また、工事の際は、周辺環境への影響を軽減するため、騒音振動対策を行うとともに、濁水流出防止に努めることとしている。
引用文献
1.会津盆地の明日をひらく 会津南部事業誌
東北農政局会津農業水利事務所 平成6年3月
2.国営かんがい排水事業「会津南部地区」の概要【 会津盆地を育む水・土・里を次の世代へ 】
国営かんがい排水事業「会津南部地区」事業推進連絡会 平成27年1月
参考文献
1.東北管内国営土地改良事業の歩み 農村振興技術連盟60周年記念誌
東北地方農村振興技術連盟 平成19年12月
2025年11月20日公開
(出典:会津南部事業誌)