御陵用水:丸岡町東二ッ屋
今は県立大学や福井医科大学が立ち並ぶ旧五領ヶ島[ごりょうがしま]は、九頭竜川の乱流によって中州状に取り残された島でした。五領ヶ島[ごりょうがしま]五村落は洪水との闘いの歴史でしたが、御陵用水は、十郷大堰の「もれ水」の取水であったため、激しい対立を何度か引き起こしています。その最大のものは、寛延4年(1751年)の紛争。定期的に堰の一部を開くという取り決めが守られなかったため、五領ヶ島の農民が大挙して十郷大堰を破壊するという非常手段に出ました。その年は越前平野全体が渇水でしたが、十郷用水側118ヵ村の怒りは収まらず、前述した宝暦の大訴訟にまで発展しました。しかし、その江戸の裁定により、それ以後、十郷大堰二四間切落としの慣例が定着しました。