貧しき人々の群れ
 郡山市は人口約34万人を擁する東北屈指の大都会です。JR郡山駅の西側、市役所の西隣に<桑野>という町名があります。福島放送や東芝ビル、法務局や文化会館などのビルが建ち並ぶ華やかな都心部。しかし、まさに、この地こそが、宮本百合子の処女作であり、人道主義の作品として日本文学史に不動の位置を占める『貧しき人々の群れ』(大正5年)の舞台となった<桑野村>でした。

宮本百合子
 執筆当時の彼女はまだ17歳。桑野のすぐ南、開成山に住んでいた祖父・中条政恒の家で書いたとあります。作品は、明治の開拓によってできた桑野村農民の生活を描いたもので、タイトルどおり極貧としか言いようのない人々の話です。「人間の住居といふよりも、むしろ何かの巣と言つた方が、よほど適当してゐる」(同作品より)と書かれた光景こそ、わずか90年前の郡山の現実でした。

 「狒狒(ひひ)婆さま」、溺死した「善馬鹿」、首吊りして死んだ「水車屋の新さん」等もそれぞれ実在のモデルがいたようで、彼女は開拓村の貧しさに圧倒されてこの作品を書いたのでしょう。プロレタリア文学、日本共産党入党、宮本顕治との結婚、投獄といったその後の彼女の激しい人生を支えた思想は、この桑野村での強烈な印象が基となっていることに違いありません。その後の作品『禰宜様宮田』『三郎爺』『播州平野』などでも、たびたび郡山や開拓農民の話が出てきます。
 しかし、皮肉なことに、その開拓村をつくり、「安積疏水」最大の功労者とも言われる人物こそ、彼女の祖父・中条政恒その人だったのです。
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