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県下有数の穀倉地帯である胆沢平野には、広々とした田んぼの中に、エグネ(屋敷林)に囲まれた美しい散居景観が展開している。また、それらの中には、珍しいキヅマや堂々たる長屋門も目につき、それがいかにもユトリある豊かな農村に見えて、現代の都市景観に欠けているものを感じさせてくれる。

散居集落とは、民家が点々と散在する集落のことで、水が得やすいところに多く形成される。わが国では、砺波平野や出雲平野とともに、数少ない村落景観である。


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エグネは、散居の各屋敷の北西側に、杉を主として、栗・桐などを森のように植えて、冬の季節風から屋敷を守る防風林である。杉は建築材に、落葉はたきつけや肥料などにも使われる。屋敷の境界という役割もあるし、冬は温かく、夏は涼しく、緑豊かで、快適な住環境を形づくっている。さらに、エグネには、昆虫や小鳥も生息して、それらの鳴き声やさえずりは、住む人たちの心に安らぎを与える音風景としても、地域の生活に結びついている。

エグネのある風景は、緑や心の豊かさが失われつつある現代生活には、欠くことのできない自然・文化・生活が一体化した原風景なのである。


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長屋門は、江戸時代、郷村武士の家格をもつ家に多かったが、明治以後は、富農の家屋敷にも作られるようになった。県内では、旧仙台藩領に偏って分布する特色を持っているが、その大部分は、明治以後のものである。長屋の利用は、その家に仕えた者が住む部屋や、農機具を収納する物置、作業所として用いられた。これもエグネやキヅマとともに、富農層のシンボルといえよう。


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キヅマは、エグネの下に薪を重ねたものである。中には、その上に藁やトタンの屋根をかけて、遠くから見ると、見事な塀のようにみえるところもある。キヅマはまた、エグネの下枝が欠けた部分を補い、防風や防雪を担った。囲炉裏やカマドで暖をとり、ご飯を炊いた昔の農家の生活にとっては、重要なものであった。だから、それを大切に保存しようとした。それが先人の生活の知恵だった。

今は燃料として薪は使用していない。しかしキヅマは残った。キヅマの規模の大・小は、むしろその家の格式や豊かさを象徴するようになった。

キヅマが崩壊すると、家運が衰退すると信じられた。だから、やはりキヅマは大切に保護されている。


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エグネ、キヅマに囲まれた屋敷には、母屋のほか、厩(馬小屋)、穀物や味噌、醤油、漬物、農機具、生活用品を収納する土蔵や板倉、厠(便所)のほか、飲み水を汲みあげるつるべ、洗い場などが配置されている。屋敷に風格を与えているのが、露地(庭園)と堂々たる長屋門である。

この地方の厩は、母屋と屋根のついた渡り廊下のような棟をつないで、家畜の管理がしやすいように工夫されている。こうした、あるがままの景観が、この地域の伝統と生活文化として、今に伝えられている風情である。その背景には、先人たちの手で作り上げられた知恵と心がこめられている。


戦後、こうした農村の魅力も忘れさられようとしている。しかし、私たちの生活の潤いとして求められているものは、こうした農村景観や豊かな生活文化なのではないだろうか。そうした見直しと保全は、いうまでもなく、これらを次の世代に伝承することが大切である。


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