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佐賀県の面積は狭い。全国で下から6番目の小さな県である。

耕地面積も小さく、熊本県の約半分、福岡県の6割程度 *1、相撲で言えば、小兵力士に過ぎない。

しかし、その小兵力士の奮闘ぶりはどうであろう。もち米1位、麦類2位、大豆3位、玉ねぎ3位、みかん6位、イチゴ6位 *2

とりわけ、米の裏作である麦は、作付面積では北海道に次いで2位、大麦に関しては1位である。

大豆の作付面積も、北海道、宮城県に次いで3位 *3


さらに、特に注目されるのは、耕地利用率の高さである。全国の平均が約93%であるのに対して、佐賀県は140%と16年連続で日本一。佐賀平野では、180%に達する地域もある(諸富町など) *4

また、佐賀県は農業の組織化が最も進んでいる地域である。何らかの組織集団への農家参加率は実に96%に達しており、古くから培われてきた集落共同体的生産方式が、今も根付いていると言えよう。


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資料)佐賀県統計課(平成12年データ)
農林水産省
「2000年世界農業センサス」等を加工。佐賀平野は佐賀市他9町

私たちの社会は、近代的農業土木という、おそらく成富兵庫をはるかに凌[しの]ぐ技術を得た。佐賀農業の躍進は、確かに近年の土地改良事業が大きく貢献したに違いない。

今もこの地は、あらゆる水利施設の総合展示場のような観を呈している。

しかし、今も複雑な水秩序は、当時のままに生きている。各地で行われている“兵庫まつり”が示すように、先人の恩を忘れぬ農民の姿勢。この地の特異な風土がもたらしたに相違ない佐賀農民の気質、そして幾世代にもわたって継承され練磨されてきた「水土の知」。

それらが、相乗されてこれらの数字を生み出していると言えるのではなかろうか。

いずれにせよ、佐賀の農地は、吉野ヶ里時代から続く県民最大の資産であることに異論はなかろう。


しかし、現在も将来も良いことづくめというわけにはいかない。


佐賀平野も都市化が進展してきた。

水田が宅地化された分だけ、水田の貯留機能はなくなり、雨水の流出も急激になってくる。

江戸時代から緻密に築き上げられてきたこの平野の排水体系にも異変が生じてきているという。さらに、この平野では地下水のくみ上げ等により、少なからずの範囲で地盤沈下が発生している。かつてのような大洪水は減ったものの、少量の雨でも農地の湛水被害が起こるようになってきた。


今もこの平野の3分の1が満潮時の海面下にあることはすでに述べた。堤防とともに、この平野を守っているのは機械排水であることを付け加えておかねばなるまい。


現在、この平野では、農地の湛水被害を防ぐべく国営佐賀中部総合農地防災事業等により、新しい排水機場やクリーク・排水機場の整備が進められている。

排水機能は格段に向上していくが、これ以上、水田の減少など農地の変化が進行するとしたら・・・。

さらに、佐賀の水がめ・北山ダム、川上頭首工、約90kmの幹線水路を一手に管理している“水土里[みどり]ネットさが土地”(佐賀土地改良区)に代表されるように、水利施設の管理費は、農家によってまかなわれている。

国際貿易や政治経済、あるいは高齢化の影響などによって農家の経営悪化が進行すれば、佐賀平野の生存基盤は確実に腐食していくであろう。


「五十年に一干拓」と言われてきた有明海の造陸運動は今も休みなく続いている。そして、温暖化による海面の上昇・・・。

何百年を要する大地の変化に比べて、私たちの社会の変貌は余りにも早い。


今日、産業としての農業は小さな位置に押しやられてしまった。

しかし、農業が不幸なのではなく、真に不幸なのは、農業や農地の役割を測る指標を失った私たちの社会ではなかろうか・・・。




*1,2,3 農林水産省「平成13年作物統計調査」より

*4 農林水産省「平成12年作物統計調査」より


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