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「都会を歩くと疲れる」と一日にひと山でも歩ける地元の人が言う。「街では何をするにも金が要る」とも語る。山や畑は食べ物の宝庫であり、天然水もただ。子供にとっては天然の遊園地、澄んだ空気と素晴らしい眺望、どこにでも腰をおろして休め、どこにでも歩いてゆける。「交通事故や犯罪におびえて暮らすなんておかしい」という声もたびたび聞かれた。

平地の稲作社会では、米の収穫高を貧富の尺度としてきた。そのため山の暮らしを貧しいものと思い込み、ヒエ、アワ、キビなども雑穀として米の代用食としてしか見てこなかった。しかし、食物の豊かになった現代でも、山間では神社に雑穀や芋を供えるなど、米以上に雑穀の価値を認めていることが明らかになってきた。近年、栄養学でも雑穀の高い栄養価や薬効が見直され、健康食として注目されている。山の民の食糧に関する膨大な知識から察するに、とうの昔からそのことに気付いていたのかもしれない。

現在も仁淀川町には100歳を超えて元気なお年寄りが十数名いる。石垣だらけの村で、80歳を超す老婆が毎日あの断崖のような畑で楽しそうに仕事をしている。 ひと頃、高知県のある自治体が山間僻地の集落移転を試みた。集落ごと市街地の公営住宅に移転させたが、住民は次々と病気になり亡くなっていったという。

介護ベッドや栄養剤、高度な医療施設の享受を豊かさの具象とみなす市街地文化。山や農地や自然ではなく、金銭でしか富を測れない平地社会の価値観。そして、神仏よりもグローバル・スタンダードや市場主義といった経済原理を信奉し、輸入食の安全を声高に叫ぶ私たちの市民社会。

神を奉り、山から与えられるものだけを大切に守り通してきた端然たる山の民の気風からすれば、こうした私たちの平地社会こそ笑止の極み、もしくは耐え難き醜悪さに写るのではなかろうか。


私たちの競争社会は、石油エネルギーによる高い電圧をかけられて、どこか目的も定めずひたすら文明の果てに向かって、昼も夜も休まず全力疾走しているようなきわどさを感じなくもない。自らの命と引き換えに村人を救った喜三八や蘭次らの行動は、果たしてこんにち美談たりうるだろうか。

険しい山腹に佇むこれらの集落の、その寡黙な存在そのものが鋭い文明批判であり、現代社会への強烈なアンチテーゼを投げかけてくるようでもある。


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仁淀川町長者

思えば、昔の平地社会は山からの産物を存分に享受していた。建築材、調度品、金属類、紙、石炭、食器、衣料(楮や麻)……。山村なくして平地社会は成立せず、平地よりもはるかに豊かな山村も数多くあった。しかし、石油エネルギーの出現によってこの構造は一変する。プラスティックやビニールの氾濫、あらゆる商品が輸入され、穀物すら自給は3分の1を割っている。

ところが、石油はあと数十年で枯渇することが明らかになってきた。石油価格の暴騰が起こすであろう経済の混乱、それにともなう食糧不足……。いったい、どんな社会が待ち受けているのであろう。


人間の生存という観点からみれば、これら天界集落の存在は、1000年以上も持続してきたという歴史的意義も含めて、世界遺産のマチュピチュよりもはるかに高い財産性を有しているのではなかろうか。

もし、私たちの社会が、これらの集落まで市場経済原理に巻き込んで、その掛け替えのない財産を無にすることにでもなれば、私たちは、民俗学の宝庫である山の民の習俗、伝統芸能、歴史に関する伝承や民話、由緒ある神社・社といった素晴らしい山村文化を失い、焼畑、和紙、石垣、炭焼きなど有形無形の技術を失い、植物の利用や料理を失い、豊かな森の生態系や全国有数の棚田景観、さらに、災害を予知する言い伝えや崩壊地名、災害回避の知恵など、古代から集積されてきた貴重な「災害文化」、サバイバルの知恵など一切合財を失って、なおかつこの先、山の荒廃がもたらす環境の悪化、土砂災害の増加などに脅えることになる。これほど大きな社会的損失がまたとあろうか。

「誰も皆間違ってしまえば、勿論、間違いは消滅する。――芥川龍之介」

こんにち私たちは雲の上で黙座するこれらの集落に、星よりも確かな灯の煌きを見ることができる。

この灯こそ、私たちの社会の居場所を教えてくれる唯一の灯火ではなかろうか。


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