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20世紀もまもなく終りを迎えようとしている。

世界人口の爆発と地球の環境汚染、それに付随して必然的に起こる世界的な農地の荒廃と食料危機。あるいは、石油など化石資源の枯渇や温暖化に伴なう異常気象・・・。

近代文明を謳歌してきた先進諸国は、21世紀を目の前に、大きな歴史の曲り角に立たされている。奇跡と言われた経済成長を遂げた日本も例外ではない。私たち一人ひとりが、次なる文明、新しい社会のあり方を考えていかねばならない時代を迎えている。


新潟平野の歴史は、そのほとんどが農業土木の歴史であったと言っても過言ではない。

しかも、その歴史は新しい課題をかかえながらまだまだ未来へと続くのである。


農業土木は、農家には“土地改良”という言葉で、行政では“農業農村整備”と総称されているが、その仕組みや用語は難しい。しかし、簡単に言えば、“人が食料を生産し安全に生きていける土地”を造ることである。生存基盤の整備であると言ってもいい。

また、他の公共事業と異なり、地元の申請に基づいて行われる制度となっている。その意味では、“公”より“共”の色彩が強い事業であるとも言えよう。

つまり、自分達の地域をどうしていくのか、その決定権は地元にある。


今日、“農”そのものの意味も、私たちの時代は見失ってしまったかのように見える。しかし、「風雪吹きすさぶ中、氷を割り水に入り測量をし、ホソを握り道水路の構築に命がけで働いた」(亀田工区記念碑碑文より)先人の思いは何だったのか?新潟に住む250万の人一人ひとりに、そのことを問うべきではなかろうか。


そして、できればご意見をお寄せいただきたい。新潟が、未来永劫、平野であるために。

―私たちは、何をすればいいのか。


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