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part.1 国土と人々 part.2 国土づくりの歴史 part.3 技術の歩み
土木工事のようす



 土木工事にパワーショベルやブルドーザーなど大型の土木機械が使われるようになったのは、昭和20年代の後半以降のことである。
 それ以前は、古墳の築造にしろ、新田開発にしろ、鍬や鋤やモッコを用いた人力作業で行われてきた。人力であるから施工の対象や規模には当然制約があったが、水路の掘削や溜池の築造といった類の工事は、大人数を集めることにより、比較的短期間で完成している。
古代・中世の土木工事のようす
古代・中世の土木工事のようす
奈良県当麻寺に伝わる『当麻曼茶羅縁起』(鎌倉期に成立)に描かれた井戸掘りの場面。当時、荘園開発などで行われた土木工事の一般的なようすと考えられる。
  常願寺川の改修工事
常願寺川の改修工事
明治25(1992)年、オランダ人技師・デレーケの指導で行われた。(富山県『農業百年をみる』より)



黒鍬
黒鍬
江戸時代、土木工事にたずさわる者を黒鍬または土方といった。土砂はもっこでかついで運んだ。(船橋市西図書館蔵)
 大規模な工事は、農民が召集されて行われたが、土木工事を専門とする者も現れた。近世中期には、土木普請の請負人の成立にともなって、黒鍬組とよばれる集団が発生した。
 黒鍬者は、特大鍬をふるい、土を運ぶ能力に優れ、平坦地の作業を得意とし、印旛沼干拓工事などの新田開発に活躍した。



 大蔵永常は、『農具便利論』の中で、工楽松右衛門の考案による土木工事用の船を、新田開発や、港の建設、海岸堤防の築造に利用できるとして紹介している。
 
浚渫
川底の土砂を浚渫するための船である。板鋤簾で砂をすくい、滑車を積んだ船で捲き上げ、これに組み合わせた土砂積船に積み込む。板鋤簾の他に底捲き鋤簾も使われた。

(富山県『農業百年をみる』より)
 
杭打ち、杭抜き
ともに、挺子の原理を応用。杭打ち船は長さ7尋(約12.6m)、横7尺の大きさで、杭打ち部をもち上げ打ち下ろす。杭抜き船は、2間(約3.6m)余りの長さの杭抜きの先を杭にはさんで抜き上げる。
巨石の運搬
工楽翁は65歳のころ、出身地である播州高砂(兵庫県)の港の改築の際、石釣り船、石船、滑車船などを駆使し、大石を積み重ねて頑丈な石垣を築いたという。石釣り船は底なし船ともいい、長さ7尋4尺余り横7尺で、ろくろ1挺について人手4人掛かりと記されている。
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