農地が支える国土

 わが国の国土の大部分を占めてきたのは、農家の生活と国民の食糧生産の場である農村空間である。伝統的に基幹産業であった農業は、自然の生態系を積極的に利用し、適正な維持管理を行ってそれを再生産する性格をもっている。農業は、土地と水、それに地域の動植物など自然に産する資源だけを用いて行われ、生産することと生活することが一体となった営みであった。産業と生活を分けるのは近代以降の見方であり、職場と家庭のように両者が営みとしても営まれる場としても分離されたことの反映にすぎない。したがって農村では、生産を続けることが生存のための環境を維持することになっていた。
 生態系として、農地や森林は酸素を供給し、大気を浄化している。また、集落内で発生した下水は、水路や農地のもつ微生物による自然浄化能力で処理され、一部は用水中に肥料成分となって溶解する。農地や森林は、土砂の流出や洪水を防止し、地下水を涵養する能力も非常に大きい。さらに景観保持や休養・レクリエーションといった無形の機能ははかり知れない。これら農地や森林のもつ公益的機能は、昭和55(1980)年価格べ一スで、年間36兆円に達するとも試算されている。
 こうした機能は、互いに切り離されてバラバラに現れるものではなく、土地を利用して生業が営まれることで自然に生じる機能であり、耕作さえもが機能の維持に役に立っている。工場や公園といった、近代が生み出した単独用途に使用される単独機能の土地とは、性格が異なっている。  特にわが国の農地の中心的位置を占めてきた水田は、こうした機能を複合的に生み出すすぐれた装置である。水田は大量の降雨を受け止め、使い、蒸発させ、浸みとおらせて自らを保持するのみならず、周辺の都市などをも健全に維持してきた。
 直接には関係ないと思われる土地であっても、目に見えないところでつながっているのであり、このつながりを無視すればたちまち弊害を起こす。都市周辺部における農地のスプロール化現象に伴う中小河川水害の増加や、水田潰廃による浸透量の減少がもたらす地下水位の低下などは、その典型的な現象である。農村は、これらの機能をずっと保持し続けてきた。営々と行われる耕作、草刈りや溝浚えといったかんがい施設の維持管理を通じて行われてきた営みは、同時に国土を保全する営みでもあり続けたのである。